第531話 良い気分転換?

 僕は三塁ベース上から、ベンチのサインを確認した。

 サインは「間違っても牽制アウトになるなよ」だった。

 確かにノーアウト三塁の場面で無理することは全く無い。

 ここは湯川選手の打棒に期待だ。


 そして湯川選手はワンボール、ワンストライクからの3球目をセンターに打ち返し、犠牲フライ。

 僕は悠々とホームインした。


 ベンチに戻ると、麻生バッティングコーチに手招きされた。

 きっと、さっきのバッティングを褒めてくれるのだろう。

 僕はウキウキしながら、麻生バッティングの所へ行った。

 

「何だ、さっきのバッティングは」

「はい?」

「稲本がいっぱい走って疲れたと言っているぞ」

「え?」

「先発ピッチャーをあんなに走らせる奴があるか。反省しろ」


 文字で書くと、僕は麻生バッティングコーチから理不尽に怒られていると、皆様は思うでしょう。

 でも麻生バッティングコーチの目は笑っている。

 

「ではどうしたら良かったのでしょうか?」

「そりゃ、もちろんホームランだ。

 歩いてホームインできる」

 

「でもツーベースよりはマシじゃないですか?

 スリーベースだったから、ホームインして少し休めるじゃないですか。

 ツーベースなら、走った後、塁に残るので、より疲れると思います」

 僕は反論した。

「まあ、確かに…」

 麻生バッティングコーチは腕組みをして、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 はい、論破。


 麻生バッティングコーチは咳払いした。

「ま、まあ、とにかくだ。

 一応ナイスバッティングと言ってやろう。ありがたく思え」

 最初から素直に褒めてくれれば良いのに。

 僕は苦笑しながら、自分の席に戻った。


 これで5対0となり、結局この試合、札幌ホワイトベアーズは7対2で快勝した。

 僕は結局、5打数2安打、打点1、盗塁2。

 シーズン通算打率も.321まで上がり、盗塁は首位の中道選手に並んだ。


 翌日の試合は必勝を期して、青村投手が先発したが、3対2で敗れ、僕は4打数ノーヒットで打率を少し下げてしまった。


 そして3試合目は先発にバーリン投手を立てたが、4対0で敗れ、負け越してしまった。

 

「いやぁ、勝利の後の飯は旨いな」

 3試合目の終了後、僕らは焼肉店に来ていた。

 メンバーは原谷さん、三田村、谷口、そして僕。


「どうした?、いっぱい食えよ。

 食欲でも無いのか?」

 さっきの試合で先制ホームランを打った原谷さんは上機嫌である。

 

「今日は俺のおごりだ。

 遠慮して、いっぱい食えよ」

 日本語として間違っていると思うが、ツッコミをする元気がないほど、僕と谷口は落ち込んでいた。


 僕は初戦で2安打打ったものの、その後の2試合では4タコと5タコ。

 せっかく.321まで上がった打率が.304まで下がってしまった。


 そして谷口もこの三連戦、最初の打席でヒットを打ったものの、その後は11打数ノーヒットと打率も.276まで下がっている。

 

「ほらお前らキムチでも食えよ。

 気持ちが上がるようにな」

 全く面白くない。

 隣では三田村が愛想笑いをしている。

 ご馳走して頂く立場の場合、つまらなくても笑わないといけない。

 この辺はサラリーマンもプロ野球選手も変わらない。


「で、お義兄さん、ポスティング申請するのか?」

 キムチを自棄食いしていると、三田村が聞いていた。

「まあタイトル取ったらな。

 ていうか、お義兄さんというのはやめろ」

「タイトルか…。なかなか厳しいな」


 確かに最近の不振で打率も.304まで下がり、首位の岡山ハイパーズ、水沢選手とは.031差まで開いていた。

 そして盗塁も同じく岡山ハイパーズの高輪選手が、最近の3試合で固めて盗塁し、21個でトップに立っており、京阪ジャガーズの中道選手も20個で2位につけている。

 

「まあ頑張れよ。

 これでも俺はお義兄さんが大リーグで、どこまでやれるか期待しているんだぜ」と三田村。

「そうだぜ。

 利口な奴なら、大リーグ挑戦なんて口に出さないだろうが、お前ほどの突き抜けたバカなら、もしかして何かやってくれるかもしれない。

 お前にはそう思わせるバカがある」

 それは褒めているのでしょうか?

 ところでお義兄さんはやめろと、何度言えばわかるのだ。

 お前の脳はスポンジかカボチャでできているのか?


「大リーグか…」

 さっきまで黙って、キムチを口に運んでいた谷口が口を開いた。

「俺もいつかは挑戦してみたいと思わなくもない」

「そうだろ。

 お前も球団に言ったらどうだ?」

 僕は谷口に言った。

 

「いや球団も、お前だから許したのだろう。

 俺が同じことを言ったら、多分冗談では済まない」

 いやいや、僕も冗談ではないから…。


 「しかしこの肉、旨いっすね」

 相変わらず三田村はKYだ。

 「そうだろ、この店はサンチュも冷麺も美味いぞ」

「本当ですか?

 頼んでも良いですか?」

「おう、頼め頼め」

 そう言いながら、原谷さんはトイレに行った。

 

「すみません、この超高級カルビ、10人前お願いします」

 原谷さんの姿が消えたのを確認して、僕は注文した。

 戻ってきた原谷さんが青ざめたのは言うまでもない。


 まあおかげで気分転換にはなった。

 さあ、まだまだ交流戦は続く。

 頑張ろう。

 

 


 

 

 

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