第530話 記憶力テスト?

 三回表に2点を追加し、3対0となった。

 先発の稲本投手は立ち上がりは不安定だったが、回を経るごとに調子を取り戻し、3回、4回を無失点に抑え、試合は5回表を迎えた。


 この回は9番の稲本投手からの打順であり、僕に打順が回ってくる。

 稲本投手は打撃は得意な方であり、野手顔負けのバッティングをする。

 そして、この打席は粘りに粘った末、フォアボールを選んだ。


 静岡オーシャンズバッテリーとしては痛恨の与四球だろう。

 鄭投手は球に力がある分、やや荒球であり、打者に的を絞らせない面もあるが、このようにじっくりと見ていかれると苦しくなることもある。


 3点差でノーアウト1塁か。

 さてベンチはどんな采配をするかな。

 僕はバッターボックスに入る前に、ベンチのサインを確認した。

 フムフム。

 サインは「好きに打て」だった。


 確かに送りバントが成功しても、二塁ランナーは稲本投手である。

 次の回の投球を考えると、例えワンアウトになっても、僕と稲本投手が入れ替わった方が良いだろう。


 僕はバントの構えをした。

 鄭投手のボールは荒れている。

 ここはじっくりと見ていった方が良いという判断だ。

 

 初球。

 ど真ん中へのストレート。

 手が出なかった。

 ちらっと原谷捕手の方を見ると、目があった。

 目が笑っている。

 くそっ、ムカツクー。


 2球目。

 次もど真ん中に投げてくる可能性がある。

 いや、ど真ん中に見せかけたツーシームもあり得る。

 スライダーやチェンジアップも無くはない。

 僕はストレートに的を絞った。


 やはりど真ん中に来た。

 もらった。

 強振したが、空振り。

 ツーシームを予想していたが、ストレート。

 やはりすごい球の伸びだ。


 僕は一度バッターボックスを外し、素振りをした。

 これでノーボール、ツーストライク。

 次は何で来るか?


 原谷さんの性格なら、ストレートを3球続けて、「ほら言っただろう」とドヤるかもしれない。

 だが裏をかいて、スライダー、チェンジアップでタイミングを外してくることも考えられる。


 速い球と遅い球。

 どっちかに的を絞らないと、どっちも打てなくなる。

 僕は一度目をつぶり、すぐに開いた。


 よし決めた。

 僕は再びバッターボックスに入った。

 そして3球目。

 スライダー。

 僕は想い切り踏み込んで、右方向に打ち返した。

 打球は鋭いライナーで、ライト線を襲っている。

 フェアーなら長打コースだ。

 僕は一塁に向かって駆け出した。

 お願い、切れないで。


 日頃の行いが良いせいだろう。

 打球はライト線の上で弾んで、ファールゾーンに向かっている。

「フェア」

 僕は一塁を蹴って、二塁に向かった。

 

 二塁に到達したところで、横目で打球の行方を見ると、ライトの小田島選手はまだ打球に追いついていない。

 僕は二塁を蹴った。

 稲本投手も三塁を回っている。


 ライトの小田島選手は強肩。

 素晴らしい送球がホームに来たが、セーフ。

 僕は三塁に到達した。

 Yey、タイムリースリーベースだ。


 ちらっと原谷さんの方を見ると、

思いがけず穏やかな顔をしている。

 これはヤバい。

 原谷さんとは長い付き合いであり、怒っている時の原谷さんはそれほど怖くない。

 単純だから、1、2時間経つとケロッとしている。


 でも怒りを通り越すと、原谷さんはむしろ穏やかな表情となる。

 そして色々と陰険なイタズラをしてくるのだ。

 怖い、怖い。


 戯言はこれくらいにして、試合に戻ろう。

 僕のタイムリースリーベースヒットにより、1点を追加して、更にノーアウトランナー三塁。

 ここでバッターは湯川選手。

 追加点の大チャンスだ。

 

 静岡オーシャンズの内野陣がマウンドに集まっている。

 そしてピッチャーの交代が告げられ、ブルペンから宮永投手が小走りにやってきた。

 

 宮永投手を覚えているだろうか?

 もし覚えている方は、ものすごく記憶が良い方であろう。

 僕が4年目のオフに、僕のドラフト同期の竹下選手とトレードで入団した投手である。(第96話)

 

 その時は僕は既に泉州ブラックスに移籍していたので、面識は全く無い。

 右のサイドスローであり、ロングリリーフもこなす、シンカーが武器の投手ということだ。

 ちなみに趣味はポケ〇ンカード集めらしい。

 (明民書房発行、選手名鑑より)


 試合が再開し、湯川選手がバッターボックスに入った。

 宮永投手対湯川選手。

 恐らく全国の野球ファンが、手によだれを握る対決だと思うが、この勝負を書き切るには余白が小さすぎる。

 続きは次回。

 

 



 

 

 

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