第525話 ヒーローインタビュー18

「さあ、ヒーローインタビューの準備ができました」

 女性アナウンサーの発声に、球場内から大きな拍手が巻き起こった。

 やはりホーム球場でのヒーローインタビューはファンが多くて良いね。


「まずは投のヒーローをご紹介します。

 5回無失点で、プロ入り2勝目を挙げた、鈴鳴投手です」

 大きな拍手、そして声援に迎えられて鈴鳴投手がベンチを飛び出した。

 

 ぎこちない動きで、お立ち台に立った鈴鳴投手は、見るからに緊張している。

 僕も最初はそうだったな。

 昔を思い出した。


 僕はこれまでヒーローインタビューを17回経験しているが、いつも失言には気をつけている。

 プロ野球選手である前に、一人の大人として、品格を疑われるような発言は厳に慎まなければならない。

 僕のヒーローインタビューは、知的でユーモアがあると言われており、ファンの方々にも好評である。


「さあ、次は打のヒーローを紹介いたします。

 打のヒーローは、チーム唯一の得点となる決勝ホームランを放った、高橋隆介選手です」

 一際大きな拍手と歓声に迎えられて、僕はベンチを飛び出した。

 

 そして小走りでお立ち台に向かうと、なぜか谷口がついてきた。

 「???」


 どうしたんだろう。

 今日は谷口はヒーローインタビューを受けるような活躍はしていないと思うが…。

 僕がお立ち台に上がると、谷口も一緒に上がった。

 

「それではヒーローインタビューを始めます。

 なお、高橋選手は喉を痛めているので、谷口選手が代わりにお話します」

 え?、別に喉なんて、痛めていないけど?

 意味不明。


「それでは最初に鈴鳴投手にお話を伺います。

 ナイスピッチングでした」

「あ、え、はい、あ、ありがとうございます」

 カチコチに緊張しているようだ。

 僕は温かい目で鈴鳴投手を見守っている。


「今日のご自身のピッチングを振り返って、どんなところが良かったと思いますか?」

「は、はい。

 キャッチャーの上杉さんのミットをめがけて、精一杯投げ込みました」

 質問と返答があっていない。

 

「そ、そうですか。

 4回表、ノーアウト満塁の大ピンチを背負いましたが、そこを三者三振で切り抜けました。

 その時はどんな事を考えていましたか?」

「え、あ、はい、あの、その、ショートにだけは打たせないように心がけていました」

 球場内から笑いが起こった。

 何だと?、笑えねぇよ。

 後で覚えていろよ。

 僕は鈴鳴投手を睨んだ。


「で、でも5回にはその高橋選手が決勝点となるホームランを打ってくれました。

 その時、どんな事を思いましたか?」

「は、はい、その瞬間はトイレに行っていたので見ていませんでした。

 何だか騒がしいなと思って、ベンチに戻ったら、高橋選手がホームインするところでした」

 貴様、何でちゃんと見てないんだ。

 罰として、シャリが全部わさびで、ネタ無しの寿司を食わしてやる。


「プロ2勝目が今季初勝利。

 今のお気持ちをお聞かせ下さい」

「は、はい。ようやく高橋さんに取り上げられていた、女優の〇〇さんのサインを返してもらえるので、嬉しいです」

 おい。それじゃ、まるで僕が鈴鳴選手をいじめているみたいじゃないか。


「そ、そうですか。

 サインを返してもらえて良かったですね。

 つ、次に高橋選手にお話を伺います」

 これ以上、鈴鳴選手に喋らせると、公共の電波に乗せるには、不適切な言葉が発せられる恐れがある。

 それを危惧して、強引に打ち切ったのだろう。ナイス判断。

 

「高橋選手。ナイスバッティングでした」

「ありがとうございます」

 僕が答える前に谷口が横から答えた。

 おい、貴様。

 

「あの場面、どんな事を考えていましたか?」

「いえ、別に何も考えていませんでした」

 マイクが壊れているようだ。

 僕が話そうとしたら、マイクの電源が切れた。

 

「はい、失点には繋がりませんでしたが、エラーを取り返そうと気合が入っていました」

 横から谷口が話すと、マイクの電源が入った。

 マイクの調子が悪いようだ。

 

「打ったのはどんなボールですか?」

「えーと、良く覚えていませんけど、外角高めへのスライダーだったと思います」

 僕が話しだすと、またマイクの電源が切れた。

 球場スタッフの方、早く直してください。

 

「内角低めへのストレートでした。

 うまくバットのヘッドが回転してくれました」

 横から谷口が話そうとすると、マイクの電源が入った。

 おーい、スタッフゥ。

 早くマイク直してくれ。


 「今シーズンは開幕から、打率3割をキープしており、盗塁もリーグ上位にいます。

 好調の秘訣は何ですか?」

「うーん、何ででしょうね。

 よく食べて、良く寝て、たまに〇〇〇したり、〇〇〇〇しているからじゃないっすか」

 やはりマイクが入っていない。

 

「はい、ファンの皆様の応援が僕の力になっているからだと思います」

 なぜ谷口が話す時はマイクが入るのだ?

 僕はこのマイクに嫌われているのか?


「ありがとうございました。

 それでは最後に、ファンの皆様に一言ずつお願いします」

 え、もう締めるのか?

 僕はほとんど話していないのに。

 

「これからもチームの勝利に貢献できるように頑張りますので、応援よろしくお願いします」と鈴鳴投手。

 

「えーと、特にありませんが、まあ、暇があったらまた応援に来て下さい」

 やはりマイクが入らない。

 結局、最後までマイクが故障したままだった。

 

「明日からも頑張りますので、応援よろしくお願いします」

 やはり谷口が話すと、マイクが入る。

 これもしかして、故障じゃなくて、裏でわざとやっているんじゃないだろうな。

 

「ありがとうございました。

 今日のヒーローは、鈴鳴投手と高橋隆介選手、そして通訳の谷口選手でした」

 大きな拍手を受けながら、僕と鈴鳴投手、そして谷口はお立ち台から降りた。


 ずっとマイクの故障で、ヒーローインタビューは不完全燃焼に終わった。

 言いたいこともあったのに。

 まあ、次の機会もあるだろうから、その時に話そう。

 僕はそう考えながら、球場内を一周し、ロッカールームに戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る