第524話 広報担当者の悩みを聞いてあげるの巻

 ノーアウト満塁で、打順は8番の城戸捕手。

 勝負どころとあって、京阪ジャガーズは代打として、切り札の遠田選手を送る。


 粘り強く、チャンスにとても強い、嫌なバッターだ。

 しかしマウンドに立つているのは、百戦錬磨の新藤投手。

 見ている方にとっては、面白い場面だろう。

 

 こういう場面。

 こっちに打ってこい、と僕は思う。

 僕の見せ場だ。

 もちろんミスは怖い。

 でもミスを恐れていたら、プロとしてやっていけない。

 

 この場面、難しいのが内野ゴロの時の判断だ。

 ホームに投げるか、ダブルプレーを取りに行くか。


 守備はバックホーム体勢。

 1点もやらないという意思表示だ。


 新藤投手は厳しいところに5球連続で投げ、カウントはスリーボール、ツーストライクとなった。


 そして6球目。

 フォークボールに遠田選手のバットは空を斬った。

 さすが新藤投手。

 フォアボールとなれば、押し出しで同点の場面だご、それを恐れずに、フォークボールを投げきった。

 

 恐らく、見送ればボールだっただろう。

 わかっていても振ってしまうのが、新藤投手のフォークだ。


 そして次はピッチャーの打順なので、京阪ジャガーズとしては当然再び代打攻勢。

 代打として三木選手がバッターボックスに入った。


 ワンアウト満塁となったので、守備は当然、ダブルプレーシフトを敷く。

 そして新藤投手は三木選手に対し、力で勝負した。

 ノーボール、ツーストライクとしてから、フォークでは無く、ストレートで勝負。

 見事にバットをへし折った。

 打球は平凡なピッチャーゴロとなり、1-6-3と送球されダブルプレー。


 札幌ホワイトベアーズは見事に1点を守りきった。

 新藤投手は「絶体絶命のピンチを抑えてやったぜ」、というような得意満面の顔をしてマウンドを降りたが、そもそもピンチを作ったのはあなた自身なんですからね。

 僕はそう思った。


 ホームベース付近で、勝利を祝うハイタッチをしてベンチに戻ると、広報の新川さんが渋い顔をしてベンチの前で立っている。

 

「どうしたんですか?

 そんな苦虫を噛み潰したような顔をして」

「おう、高橋か。

 俺の悩みを聞いてくれるのか?」

 面倒くさいと思ったが、僕も年齢的に中堅選手の域に達しつつある。

 たまにはスタッフさんの悩みを聞いてあげるのも、チームの雰囲気づくりには必要かもしれない。

 僕も成長したものだ。


「でなんすか、悩みって」

 僕と新川さんはベンチに腰掛けた。

「今日のヒーローインタビューだよ」

「ああ、そうか。

 鈴鳴はヒーローインタビュー受けるの、初めてですからね。

 大丈夫ですよ。僕がフォローしますから」


 それを聞いて、新川さんはニャリと笑った。

「そうか、ありがとよ。

 でも俺の悩みは、残念ながら、そこじゃないんだ」

「そうなんですか」

 

 僕は新川さんに声をかけたことを少し後悔していた。

 あまり時間が無いんだけどな。

 ヒーローインタビューで話すことを考えないといけないのに…。

 

「俺の悩みは何だと思う?」

「さあ、虫歯が痛いとか?」

「バカ野郎、虫歯なら痛み止めで抑えることができる。

 俺の悩みは、薬で抑えられるようなものじゃない」

「そうなんですか」

 時間は大丈夫だろうか。

 新川さんだって、ヒーローインタビューの準備があるのではないだろうか。

 

「俺の悩みを聞きたいか?」

「いや別に。

 ていうか、ヒーローインタビューの準備しないといけないんじゃないんですか?

 いいんすか?、こんなところで油を売っていて」

「そうだな。

 時間も無いことだしな。

 俺の悩みはな…」

 新川さんはそう言って、立ち上がった。

 

「俺の悩みはな…」

 しっこいな、早く言えってちゅうねん。

 

「お前だよ」

 いきなり耳元で大きな声で言われた。

 耳がキーンとしている。

 

「な、何で僕が悩みなんですか?」

 新川さんは大きくため息をついた。

「その自覚の無さも、俺の悩みを大きくしている原因の一つだ。

 虫歯なら薬で抑えられるが、バカにつける薬はない。

 いいから、早くヒーローインタビューの準備をしろ。

 今日、もし余計な事を言ったら、次回はあらかじめ録音した音源を流すからな」


 いつ僕が余計な事を言ったのだろう。

 まあいいさ。

 いつもどおりに丁寧に答えるだけさ。

 僕は首を傾げながら、ベンチに座ったまま、名前を呼ばれるのを待った。

 

 

 

 

 

 

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