第522話 良い先輩からの温かい激励
レフトのスピン選手が懸命に打球を追っている。
だが打球は更に伸びている。
あれ?
僕は一塁ベース手前で打球の行方を見失った。
スタンドが大きく湧いている。
これってもしかして?
三塁塁審が右手を回している。
ホームラン?
僕は信じられない思いで、二塁を回りながら大型ビジョンのリプレー映像を見た。
打球はライナーでレフトポールの横ギリギリのフェアゾーンに飛び込んでいた。
今シーズン、2本目だ。
僕は軽くガッツポーズをしながら、三塁を周り、ホームインした。
僕はチームメートとハイタッチし、ベンチに戻り、腰を下ろした。
あの速い球に振り負けなかった。
まだ余韻が残る両手のひらを見ながら、僕は自分自身の成長を感じた。
「先制点、ありがとうございます。
ナイスホームランでした」
鈴鳴投手がやってきて、頭を下げた。
「これでエラーは帳消しだな」
「そうか?、2つエラーしているんだからもう1本打たなきゃ、そうはならないんじゃねぇの」
横にいた谷口が口を挟んだ。
「良いんだよ、なあ鈴鳴」
「は、はい」
「そう言えば湯川が、今夜はお前の奢りで高級寿司食べ放題だって、喜んでいたぞ」と谷口がまた余計な事を言う。
「いやいや、あれはプロとしては普通のプレーだ。
あれくらいではせいぜい、回転寿司だな」
「けっ、偉そうに」。
「ていうか、次はお前の打順だろ。
早くネクストバッターズサークルへ行け」
「おう、そうだった」
谷口は慌ててヘルメットを被って、ベンチを飛び出した。
この回は湯川選手がフルカウントまで粘ったものの三振に倒れ、谷口もショートゴロ、続くダンカン選手もサードフライと凡退し、1点どまりで終わった。
僕は札幌ホワイトベアーズファンの拍手に迎えられて、颯爽とショートの守備位置につき、帽子を取って声援に応えた。
やっぱりホーム球場で打つと気持ちが良い。
まあ京阪球場で罵声を浴びながら、守備位置につくのも、嫌いじゃない。
天邪鬼な性格だから。
5回表。
鈴鳴投手は恐らくこの回までだろう。
6回からは毎度おなじみのKLDSが控えている。
だがその前に大きな関門が控えている。
何しろ、この回は京阪ジャガーズは1番の中道選手からの打順だ。
簡単には凡退してくれない。
ここを抑えれば、鈴鳴投手にとってもワンランク成長できるだろう。
そう思っていたら、ストレートのフォアボールで先頭ランナーを出してしまった。
よりによって、俊足の中道選手を簡単に塁に出すか?
2番の木崎選手は初めから送りバントの構えをしている。
そして初球。
鈴鳴投手が投げたと同時に、中道選手がスタートを切った。
木崎選手はバットを引き、上杉捕手は送球したが、二塁は悠々セーフ。
これでノーアウト二塁となり、カウントはワンボール。
木崎選手はまたしてもバントの構えをしている。
とは言え、額面通りには受け取れない。
ヒットエンドランをしてくる可能性もある。
さあどうする?
僕ら内野陣はマウンド上に集まった。
「ここまで無失点で来れたのが、上出来だ。
悔いを残さないように思い切って投げろ」と上杉捕手。
「そうだ。
どうせ、まぐれでとった1点だ。
無かったものと考えれば良い。
な、高橋」と道岡さん。
僕はその言葉になんとお答えすれば良いのでしょうか…。
ダンカン選手もウンウンと深く頷いている。
君は意味がわかっていないよね?
「ということで1点はやるつもりでいいからな。
リラックスして投げろ」
上杉捕手の言葉に、鈴鳴投手は頷き、僕以外は守備位置に戻った。
「貴様、死んでも抑えろよ。
抑えなかったら、シャリが全部わさびの寿司を食わせるからな」
僕は爽やかにニッコリと笑って、そのように温かい声をかけ、鈴鳴投手の背中をポンと叩き、守備位置に戻った。
きっとテレビを見ている方には、若い投手を激励する、良い先輩に見えただろう。
これで高感度アップか?
さあ仕切り直し。
頑張って、僕が取った1点を死守しろよ。
僕はマウンド上の鈴鳴投手に温かい視線を送った。
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