第512話 最終回の大攻防?

 京阪ジャガーズのライトは向田選手。

 必死に打球を追っている。

 でもさすがに届かない。

 

 そう思ったら、何とダイビングした。

 一か八かのプレーだ。

 抜けたらランニングホームランまでありうる。


 どうなったんだ?

 一塁を周りながら、打球の行方を見た。

 向田選手はグラウンドに横たわっている。

 そしてグラブを上に掲げた。

 何と取っている。

 ヒット、しかも長打1本損した…。

 僕に何の恨みが…。

 未練がましく、ようやく立ち上がった向田選手の方を見ながら、僕はベンチに戻った。


 ツーアウト満塁のチャンスを逃したとはいえ、3対0で9回裏となった。

 となると、札幌ホワイトベアーズのマウンドにはもちろん、新藤投手。


 今シーズンも新藤劇場は度々開幕しているが、試合を締めるプレッシャーは凄いものがあると思う。

 そのプレッシャーに負けない図太さと無神経さは、抑え投手に1番必要な素養だと思う。

(褒めているんですよ。念の為)


 新藤投手は今日もツーアウト満塁のピンチを背負った。

 一発でたらサヨナラの場面で、バッターは6番の浅井選手である。


 僕はショートのポジションから、観客が半分くらいまで減った、観客席を渡見した。

 良かったですね。

 最後まで残っていて。

 京阪ジャガーズファンに取って、今日1番の見せ場が、オーラスにやってきた。


 浅井選手はかなり勝負強いバッターであり、ランナーがいる時といない時ではかなり打率が違う。

 もし全ての打席でランナーがいたら、首位打者も夢ではないと言われている。


 僕はショートの守備位置でワクワクしながら、この対戦を見ている。

 もちろん僕も出演者の一人であるが、特等席でこの勝負を見られることは何物にも代え難いと思う。


 そしてカウントは、スリーボール、ツーストライクとなった。

 9回裏で点差は3対0、ツーアウト満塁で1本出れば逆転サヨナラ。

 浅井選手はもちろん狙っているだろう。


 僕はマウンドの新藤投手を見た。

 微かに笑みを浮かべている。

 さすがだ。

 新藤投手は百戦錬磨。

 このような場面は何度も経験しており、抑えたこともあるし、打たれたこともある。


 かって一緒に飲んだ時、新藤投手は言っていた。

 体中からアドレナリンが出る、痺れるピンチの場面。

 これこそが抑え投手の醍醐味だと。

 そしてそれは抑え投手だけが味わうことのできる特権だと。


 そしてラストボール。

 新藤−武田バッテリーが選択したのは、伝家の宝刀フォーク。


 浅井選手のバットは空を斬った。

 新藤投手は何度もガッツポーズし、駆け寄った武田捕手と握手をしている。

 ホームベース付近で歓喜の輪ができ、僕もそこに加わった。

 

 そしてベンチに戻ると、広報の新川さんが渋い顔をして腕組みをして立っていた。

「高橋、これ」

 何か畳まれた紙を渡された。

「何すかこれ?」

 紙を開くと、それはヒーローインタビューの想定問答だった。


 例えば、「あの場面、どんな気持ちで、打席に立ちましたか?」という問いに対しては、「はい、ファンの皆様のためにも、絶対打ってやろうと気合が入っていました」という答えになっていた。


 他にも「どんなボールに的を絞っていましたか」という問いには、「金山投手は素晴らしい投手なので、カーブに的を絞っていました」とか、「ファンの皆様に一言お願いします」という問いには、「明日からも試合が続きますが、チームの勝利に貢献できるように頑張ります」のように書かれていた。

 

「いいか、お前の発言がチームの品格を左右すると言うことを自覚しろ。

 この想定問答通りに答えるんだぞ、わかったか?」

「はあ」

 

 こんな想定問答どおりに、ヒーローインタビューをやっても面白くないのではないだろうか。

 でも命令とあれば仕方ない。

 僕はその紙を折り畳み、ユニフォームのズボンの後ろポケットにしまった。 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る