第511話 僕は主人公
「さあ、8回表。
ワンアウト二塁で、バッターは我らが主人公の高橋隆介。
ここ数話あまり盛り上がる場面も無く、フラストレーションが溜まっている読者のためにも、打ってほしいところです」
札幌のラジオでは、そのように実況されているだろう。きっと。
僕はバットを構えた。
金山投手は左投手なので、僕としては与し易い。
ここで打たなければ、主人公の名がすたる。
金山投手は威力のあるストレートと、高速スプリットが武器である。
つまり、振り遅れないようにしなければならない。
初球。
カーブ。
前も言ったように僕は天邪鬼である。
この球に狙いを絞っていた。
思い切りバットを振り抜いた。
一閃、手応え十分。
僕は手のひらに余韻を感じながら、ゆっくりと歩き出した。
一瞬の静寂の後、歓声と嘆息が球場内を包む。
打球はレフトの中段に達した。
僕は噛みしめるようにゆっくりと、ダイヤモンドを一周した。
先制の2ランホームラン。
我ながら出来過ぎの結果だ。
ホームインし、待ち構えていたチームメートとハイタッチ等の祝福を受けた。
「狙っていたのか?」
隣に座った谷口に聞かれた。
「ああ、金山さんからチャンスがあるとしたら、初球のカーブだと思っていた」
正直なところ、追い込まれたらノーチャンスだと思っていたし、初球、カーブ以外が来たら、ごめんなさいと割り切っていた。
そうでないと良いピッチャーからは打てないのだ。
僕には将来の夢がある。
今シーズンはそのための試金石と考えており、足と堅守だけでなく、パワーも多少はあることをアピールしたいのだ。
この回は後続が倒れたが、貴重な2点を先制した。
後はKLDSの大東投手、新藤投手に任せよう。
チェンジになり、僕は数少ない札幌ホワイトベアーズファンからの拍手を受けながらショートの守備位置についた。
ちなみに聞いた話だが、京阪ジャガーズが負けた試合の後、相手チームのユニフォームを着て、大阪中心部を歩くと命の保証がないそうだ。
怖い世の中だ。
8回裏、マウンドにはベテランの大東投手が上がっている。
今年で39歳になるが、円熟味を増した投球術は衰えていない。
この回も簡単にツーアウトを取った。
その裏にはショートの好守があったことを付け加えておく。
そしてツーアウト一、二塁のピンチを背負ったものの、何とか無失点に抑えた。
試合は2対0のまま、9回表裏の攻防を迎える。
このままで試合が終われば、ヒーローインタビューは当然、僕である。
何を話すか、考えておかねば…。
9回表は4番のダンカン選手からの打順なので、僕に回ってくる可能性は低い。
ところがダンカン選手にホームランが生まれ、更に下山選手、谷口の連続ヒットでノーアウト一、二塁となった。
そして何とツーアウト満塁の場面で、僕に打順が回ってきた。
ここでホームラン打ったらどうしょう。
何と6打点だ。
1話の中でホームランを2本打つなんて初めてだ。
ようやく作者も考えを改めてくれたか。
球場内を見渡すと、観客席はかなり歯抜けになっている。
点差が3点になり、多くの京阪ジャガーズファンが帰路についたのであろう。
僕はゆっくりとバッターボックスに入った。
相手投手は南崎投手から山野投手に替わっている。
山野投手は昨秋のドラフト5位の大卒社会人経由の新人右腕だ。
この試合がプロ初登板であり、恐らく相当緊張しているだろう。
初球。
いきなり胸元へのストレート。
僕は仰け反って避けた。
避けなければ当たっていた。
僕は睨んだが、山野投手は涼しい顔をしている。
2球目。
外角へのカーブ。
完全なボール。
制球が定まっていないように見える。
これでツーボール。
3球目。
内角へのシンカー。
これも外れてスリーボール、ノーストライク。
おいおい、押し出しかよ、つまらねぇの。
そう思っていたら、4球目。
ど真ん中へのカットボール。
ベンチのサインが「待て」だったので見逃した。
中々威力がある良い球だ。
打ちに行ったら内野ゴロだったかもしれない。
これでスリーボール、ワンストライク。
そして5球目。
外角へ逃げるスライダーを、うまく右方向に打ち返した。
打球は鋭いライナーでライト線に飛んでいる。
ツーアウトなので、落ちたら走者一掃となるだろう。
僕は一塁に駆け出した。
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