第510話 最善は尽くします

 木崎選手は初めからバントの構えをしている。

 もちろん内野はバントシフトを敷いているが、エンドランも警戒している。


 初球。

 真ん中低目へのカットボール。

 木崎選手はバットを引いた。

 判定はストライク。

 ボール球に見えたか、一球見たか。


 2球目。

 まだバントの構えをしている。

 鬼頭投手が投げると同時に、二人のランナーがスタートを切った。

 投球は外角へのカットボール。

 木崎選手は素早くバットを引き、スイングした。


 打球はセカンドの湯川選手のところへ飛んでいる。

 二塁、三塁は間に合わない。

 湯川選手は確実に一塁に投げた。

 これでワンアウト二、三塁。


 次は3番の弓田選手。

 うーん、大ピンチだ。

 満塁策も考えられなくはないが、その次は4番の下條選手だ。

 ダブルプレーの可能性もあるが、大量失点のリスクもある。


 そして鬼頭投手は気持ちで投げるタイプのピッチャーなので、敬遠すると闘争心が薄らいでしまうかもしれない。


 やはり弓田選手と勝負のようだ。

 よしよし面白くなってきた。

 ワンアウト二、三塁はショートとしては守りづらい。

 

 ボールを捕球したら、瞬時にホームに投げるか、諦めて一塁に投げるか判断しなければならない。

 最悪はフィールダースチョイスである。

 三塁ランナーがホームインした上に、一塁にランナーが残る。

 それだけは避けたい。


 弓田選手は異常なくらいチャンスに強いバッターだ。

 毎年打率.270〜280、ホームラン10〜20本なのに、打点は80以上挙げており、100打点を記録したシーズンもある。

 選球眼が良く、三振が少ない上に、得点圏打率も高く、この場面で迎えるにはとても嫌なバッターだ。


 初球。

 内角膝下へのツーシーム。

 弓田選手のバットはピクリとも動かない。

 判定はストライク。

 今の球を取ってもらったのは、鬼頭投手にとって大きいだろう。

 もっとも弓田選手は眉一つ動かさない。


 2球目。

 外角高めへのツーシーム。

 弓田選手は空振りした。

 これは撒き餌かもしれない。

 弓田選手はツーストライクからの打率も低くないし、ノーボール、ツーストライクから粘ってフォアボールを選んだ場面も良く見ている。

 ツーストライクからが本当の勝負である。


 3球目。

 ど真ん中へのストレート。

 自棄のやん八、日焼けのなすびか。

 弓田選手は意表をつかれたのか、ピクリとも動かなかった。

 見逃しの三振。


 そう、野球にはこういう事がある。

 弓田選手はきっと鬼頭投手がコースをついてくると思っていたのだろう。

 虎穴入らずんば虎児を得ず。

 勇気をもってこの球を投げきった、鬼頭−武田バッテリーに拍手である。


 ツーアウト、二、三塁となって、4番の下條選手。

 ここは歩かせて、満塁策を取るのも悪くない。

 しかしながら鬼頭投手は一歩も引かず、ツーボール、ツーストライクからの外角低目へのスプリットで、空振りの三振を奪った。


 鬼頭投手はその瞬間、小さくガッツポーズして、細い目を更に細くしてマウンドを降りた。

 さすがの一言である。


 「ナイスピッチング」

 僕はベンチに戻る途中で、鬼頭投手とハイタッチした。

 

 7回表は5番の下山選手からの攻撃だったが、三者凡退に終わり、その裏はルーカス投手がやはり3人で抑えた。


 そして8回表は8番の武田捕手からの打順であり、僕に回ってくる。

 もしランナーがいなければ一発狙っちゃおうかな。

 そんな事を考えていたら、武田捕手の凡退後に代打で出場した、今泉選手がツーベースヒットで出塁した。

 

 代走として、野中選手が送られ、僕の打順が回ってきた。

 さあ見せ場がやってきたぜ。

 僕は一度屈伸して、京阪ジャガーズファンの大歓声(?)に迎えられて、ゆっくりとバッターボックスに入った。

 

 京阪ジャガーズのマウンドは、金山投手が上がっている。

 昨シーズン、防御率0点台のエグいピッチャーだ。

 そんなピッチャーから打ってこそ、僕の評価が上がる。


 ベンチのサインは「絶対打て、凡退したらベンチに戻ってくるな」である。

 まあ最善は尽くしますが…。 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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