第508話 盗塁の極意について

 スライダーは思ったより曲がりが大きかったが、何とかバットに当てた。

 見送ったらボールだったかもしれないが、ストライクを取られた可能性もある。


 怪しい球はカットしていくことで、チャンスボールを待ちたい。


 5球目。

 次こそ内角かと思いきや、外角へのチェンジアップ。

 これは外れてボール。

 カウントはツーボール、ツーストライクとなった。


 6球目。

 次こそは内角に来るか。

 いや、真ん中低目へのスプリットだ。

 これも本当に辛うじてバットに当てた。

 我ながら良く当てたものだ。

 昔の自分なら間違いなく空振りをしていた。

 カウントは変わらずツーボール、ツーストライク。


 そして7球目。

 内角高めへのストレート。

 僕は微動だにせず見逃した。


 投げた番場投手は投げ終えた体勢のまま、ストライクのコールを待っている。

 城戸捕手も捕球したまま、ミットを動かさない。


 だが球審の手は上がらなかった。

 正直言うと、今のはストライクを取られても仕方が無い。

 ツキは僕にあるかもしれない。


 そして8球目。

 外角へのチェンジアップを見極めた。

 粘りに粘った上でのフォアボール。

 これは相手チームにとっても痛いだろう。

 ノーアウトで、しかもランナーはスピードスターだ。


 僕は一塁ベース上から、ベンチのサインを確認した。

 サインは「グリーンライト」。

 初回に三盗を決めているし、相手バッテリーは明らかに警戒している。


 もっともこういう場面で決めないと、盗塁数は増えない。

 盗塁は足の速さだけではない。

 プロの世界では足が遅い選手は、むしろ少数派である。


 だが足が速いことと、盗塁の成功率は必ずしもイコールではない。

 例えば足の速さという意味では、ドラフト同期だった竹下さんは凄かった。


 僕は自主トレで何度も50メートル走を挑んだが、ほとんど勝てなかった。

 いつも終盤に突き放された。

 

 でもそれは裏を返すと、途中までは良い勝負だったということであり、スタートダッシュからトップスピードに乗るまでは、むしろ僕が勝っていることもあった。


 一、二塁間は約27メートルである。

 しかもリードしてからスタートするので、実際に走る距離はそれよりも短い。

 よって50メートル走では勝てなくても、盗塁では勝てることもあるのだ。


 あと盗塁に重要なのはスタートの思い切りとスライディング技術。

 いかにスピードを落とさずにスライディングできるか。

 これも技術が必要である。


 ということで僕は盗塁すると決めたら、失敗を恐れない。

 牽制球を立て続けに3球受けたあとの初球、僕はスタートを切った。

 

 盗塁に失敗はつきものである。

 相手捕手もプロ。

 警戒されている中、ストライクの送球をされたら、ほぼ刺される。


 僕は二塁ベースに滑り込んだ。

 素晴らしい送球が来た。

 タイミングはアウトかもしれないが、最後まで全力をつくす。

 僕はセカンドの浅井選手のタッチをかいくぐるように、足から滑り込んだ。

 

「セーフ」

 二塁塁審は手を拡げている。

 京阪ジャガーズベンチは、すかさずリクエストをしている。

 浅井選手がアウトのアピールしたのだ。


 球場の大型ビジョンに、さっきの場面が映し出される。

 うーん、タイミングは微妙かもしれない。

 足元にタッチされているのと、二塁に足が到達しているのはほぼ同時に見える。


 上からの映像も流れた。

 うん、セーフかも。

 ほんの一瞬だが、僕の足の爪先がベースに触れているように見える。


 しばらくして、審判団が出てきた。

「セーフ」

 球場内の大半を占める京阪ジャガーズファンから、「あーあ」、というような残念そうな声が上がり、数少ない札幌ホワイトベアーズファンからの拍手が聞こえた。


 これでノーアウト二塁。

 今度こそ、先制点のチャンスだ。

 次のバッターは湯川選手。

 最初からバットを横にしている。


 僕は二塁ベース上からサインを確認した。

 サインはもちろん送り…、え?、バスターエンドラン?。


 いやいやここは手堅く送って、道岡選手の打棒に期待するべきでしょ。

 僕はそう思うが、札幌ホワイトベアーズの首脳陣はそう思わないみたいだ。

 まあ、失敗しても僕のせいじゃない。

 そう考えると気は楽になった。 

 

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