第506話 初回の大チャンス

 2番は湯川選手。

 ここは進塁打を打ちたいところだろう。


 初球。

 僕はスタートを切った。

 相手バッテリーの頭には、もちろん盗塁も可能性として考えていたと思うが、裏の裏の裏をかいた。


 城戸捕手は強肩だが、ボールを一度握り直した分、送球が遅れた。

 滑り込んで、判定はセーフ。

 京阪ジャガーズベンチはリクエストはしなかった。

 これで今シーズン盗塁は2つ目。

 盗塁王獲得に向け、順調なスタートを切った。


 僕は番場投手が、キャッチャーからボールを受け取る時、ちらっと僕の方を見て、頬がピクリと動いたのを見逃さなかった。

 ちょっと苛ついているのだろう。


 これでノーアウト三塁。

 ランナーは僕なので、外野フライはもちろん内野ゴロでも1点が入る。(ピッチャーゴロだとさすがに厳しいが…)

 湯川選手にとっては願ってもない、打点を挙げるチャンスだ。


 だが湯川選手は若いのに野球を良くわかっている。

 こういう時は早打ちはせず、じっくりとボールを見ている。


 番場投手はストライクゾーンギリギリを攻めてきたが、カウントはスリーボール、ワンストライクとなった。


 そして5球目。

 低めへのスプリットを見極めた。

 僕から見るとストライクに見えたが、球審の手は上がらなかった。

 湯川選手は手がでなかったのかもしれないが、結果オーライ。

 悠然と一塁に歩いた。


 城戸捕手がマウンドに行き、番場投手と何か話している。

 といっても番場投手も百戦錬磨。

 淡々とした表情をしているのは流石だ。

 

 これでノーアウト一、三塁。

 しかもバッターは道岡選手。

 札幌ホワイトベアーズにとって、願ってもない先取点獲得の大チャンスだ。


 攻撃パターンは色々と考えられる。

 そのまま打たせても良いし、ディレィドスチールを試みても面白い。

 この場面での最悪は三振だろう。

 セカンドゴロかショートゴロでのダブルプレーなら、ツーアウトにはなるが、1点は入る。


 京阪ジャガーズバッテリーとしては、三振を狙いに来るだろうが、道岡選手はバットコントロールがうまい。

 一塁ランナーを走らせてのヒットエンドランもありうる。


 初球。

 城戸捕手は立ち上がった。

 一球外してきたようだ。


 一塁ランナーの湯川選手は微動だにしないし、もちろん三塁ランナーの僕もそのままだ。

 これでボールワン。


 京阪ジャガーズとしては、カウントが悪くなれば道岡選手を歩かせて、満塁にするという方法もある。

 

 ノーアウト満塁は意外と点が入らないと言われており、三振狙いなら道岡選手よりも4番のダンカン選手の方が与し易い。


 2球目。

 外角へのストレート。

 道岡選手はレフト方向に打ち返した。

 うまいバッティングだ。

 しかしショートは名手の木崎選手。

 横っ飛びで飛びついている。

 凄い跳躍力だ。

 完全に抜けたと思った打球を何と掴み取った。


 僕は慌てて三塁に戻ったが、一塁の湯川選手は飛び出していた。

 木崎選手は起き上がるやいなや、一塁に送球した。

 湯川選手は戻れずダブルプレー。


 ノーアウト一、三塁が一気にツーアウト三塁になってしまった。

 これが野球の怖いところだ。

 ショートが木崎選手でなかったら、恐らく打球はレフトに到達し、1点が入って、なおノーアウト一二塁になっていただろう。

 敵ながら天晴だ。

 大歓声を受けながら、淡々と守備位置に戻る木崎選手を見て、そう思った。

 

 とは言え、まだチャンスは続いている。

 バッターは4番のダンカン選手。

 ここで一本出れば、また流れも変わるのだが、フルカウントから見逃しの三振に倒れてしまった。


 この回、ノーアウト三塁としたのに無得点。

 やはり今年も京阪ジャガーズは強いな。

 改めてそう思いながら、僕は駆け足でショートの守備位置についた。  

 

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