第503話 なるか?、今季初盗塁

 登場曲に迎えられて、今季初のバッターボックスに入り、横田投手と対峙した。

 今シーズンの登場曲はBAKUの「OK」。

 かなり古い歌だが昔、深夜のラジオで聴いて気に入った。

 元気のある曲でテンションが上がる気がする。


 左ピッチャー対右バッターでは、バッター有利と言われるし、実際、僕も対左ピッチャーの方が打率が良い。

 相手が右ピッチャーだと、外角へ逃げていく球を打つのが難しい。

 昔よりは右打ちの技術が見についてはいるが、相手の守備位置もそれを見越して、右寄りに守るのでヒットにはなりにくい。


 その点、相手が左ピッチャーであれば、基本的に外から内寄りにボールが来るので引っ張りやすいし、裏を書いて右打ちしても良い。

 さてどうしょうか。


 初球。

 内角へのストレート。

 やや仰け反って避けた。

 ボールワン。


 2球目。

 チェンジアップ。

 外角ギリギリに決まった。

 素晴らしい球だ。

 これでワンボール、ワンストライク。


 3球目。

 外角へのツーシーム。

 手が出なかったが、判定はボール。

 審判からは悠然と見逃したように見えたかもしれない。


 4球目。

 内角が来ると予想していたが、投球は真ん中低めへのスプリット。

 うまく腰を回転して、三遊間に打ち返した。

 

 打球はちょうどサードとショートの間を抜けていった。

 今季初打席でのヒット。

 幸先良いスタートを切れた。


 僕は歓声を背に受け、1塁ベースに立った。

 今季は盗塁成功率だけでなく、盗塁数にも拘りたい。


 リーグ屈指のリードオフマン(あくまでも自称です。作者より)としては、そろそろタイトルの一つや二つは取りたい。


 相手は左投手なので、セットポジションに入ると、一塁側を向く。

 人にもよるのだろうが、僕は左投手は牽制球の動作が察しやすいので、苦手ではない。


 相手バッテリーも当然、僕の盗塁を警戒している。

 警戒している中をかい潜って、盗塁を成功させてこそスピードスターの面目躍如。

 僕はゆっくりとリードを取った。


 早速牽制球が来たが、悠々と帰塁した。

 簡単には刺されない。

 盗塁してアウトになるならまだしも、牽制球で刺されてはチームの士気にも影響する。


 ほれほれ、リーリーリー。

 またしてもプレッシャーをかける。

 もっとも相手投手も経験豊富な横田投手。

 まだ春なのにうるさいセミだな、くらいの感覚だろう。


 牽制球を3球目もらったあとの、湯川選手への初球。

 僕はスタートを切った。

 盗塁で重要なのは思い切り。

 スタートを切ったら、あとは野となれ山となれ。

 二塁ベースだけをひたすら目指す。


 倉重捕手からの送球が来たが、やや逸れた。

 もちろん余裕で、盗塁成功。

 見事に今季初盗塁を決めた。


 これでノーアウトランナー二塁。

 あとは湯川選手の打棒に期待だ。

 昨シーズンは谷口がバントのできる中距離ヒッターとして、2番に入る機会も多かったが、今シーズンは湯川選手を2番に使うようだ。


 確かに湯川選手の方が谷口よりも器用であり、バントはともかくとして、ヒットエンドラン、バスターエンドランなど何でもできる。

 塁に出たら足も速いし(僕ほどではないけどね)、昨シーズン11本のホームランを打ったように、長打力もある。


 僕、湯川選手、道岡選手と続く上位打線は相手チームにとっても脅威だろうし、谷口も6番あたりで伸び伸び打たせたほうが良いという、判断もあるだろう。


 そして湯川選手はツーボール、ワンストライクからの4球目を一二塁間に打ち返した。

 右打ちのお手本みたいなバッティング。

 

 普通ならライト前に抜ける打球だが、川崎ライツのセカンドは球界屈指の守備力を誇る、与田選手。

 最短距離で打球に追いつき、一塁に送球した。

 湯川選手も懸命に走ったが、アウト。

 もっとも僕は三塁に進塁した。


「それで良いんだ」

 まるでそう言うかのように大平監督も頷いているし、麻生バッティングコーチも拍手して、湯川選手を迎えている。

 

 結果として凡打にはなったが、このようなチームバッティングは簡単に見えてそうではない。

 2年目にして湯川選手には、プロとしての貫禄を感じる。


 さてワンアウト三塁で、ここで迎えるバッターは道岡選手。

「さあここはどんな球を狙っていきますか、解説の中野さん」

「そうですね。

 きっと来た球を思い切って打っていくんじゃないんですかね、吉貝さん」

 僕は三塁ベース上で、そんなやり取りが交わされているであろう、実況ブースを見上げた。

 

 


  

 

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