第497話 今年も忘年会の季節がやってきた
「何で大リーガーの俺がこんな末席なんだ」
「そりゃ、配席のクジで負けたからだろう」
葛西が生真面目な顔をして、答えた。
山崎は練習帰りなのか、何やら大きなスポーツバッグを持ってきている。
今日は恒例の高校時代の野球部仲間との忘年会だ。
ちなみに恒例のドラフト同期との忘年会は、つい先日三田村の結婚式でも会ったし、皆の予定が何かと予定が合わず、今年は中止になった。
「山崎、貴重なオフなんだから、わざわざこんな場末の居酒屋での宴会に参加しなくて良いんだぞ。
大リーガー様になると、取材だ何だのでお忙しいでしょうから」
柳谷が言った。
「まあそうだな。
忙しい合間を縫って、諸君と会う時間を確保してやっているんだ。感謝しろ」
「そうか、そうか。
じゃあご多忙な山崎さんに申し訳ないので、来年から呼ばないことにするな」
そう平井が言った。
「いや、気にするな。
どんなに忙しくても諸君と会う時間は確保して差し上げる」
変な日本語。
僕はそう思った。
「いやいや、大リーガー様にこんな所までお越しいただくのは、大変申し訳ないので、来年からは本当にお気になさらずに欠席して下さい」
新田も畳み掛ける。
「いや、本当に気にするな。
諸君のためなら、何とか時間を割くから…」
「素直に言え。
是非、参加させて下さいとな」
「はい、来年も是非呼んでください」
山崎は素直に答えた。
大きな笑いが上がった。
今や大リーガーとなった山崎だが、僕らの関係性には何の変化もない。
会費5,000円もきっちりと収めるし、多く払うとかそういう事も無いし、誰もそんな事は期待していない。
現役大リーガーだろうと、現役プロ野球選手だろうと、例え野球を辞めていようと、僕らは集まると高校時代のあの頃のままだ。
日々喧嘩したり、ぶつかり合ったりしながらも、切磋琢磨し、野球に取り組んだ日々。
今思いだすと、全てがキラキラと輝く思い出だ。
「平井は社業はどうだ?」
平井は新潟コンドルズを退団後、社会人野球のJR南日本に入社した。
都市対抗では4番で出場し、チーム初のベストフォー進出に大きく貢献した。
「ああ、まだ輸送障害時のお客様案内とか、雑用とかしかさせてもらっていないが、日々勉強だ」
JR南日本では野球部出身の駅長が何人かいるらしく、平井はいつか駅長になるのが次の夢だと言っていた。
僕の知る限り、元プロ野球選手の駅長はまだいないと思う。
是非、頑張ってほしい。
「葛西もプロ初ホームランおめでとう」
「えっ、葛西がホームラン打ったのか?」
僕が葛西にお祝いを言うと、山崎が口を挟んできた。
「それはランニングホームランか?」
「いや、れっきとしたスタンドインだ」
葛西は今シーズン、41試合に出場し、打率.250と数字が向上した。
大卒社会人野球経由のため、即戦力としての期待を受けて入団しており、1年1年が勝負である。
高校を卒業して、9年が経過したが、上条のように大卒後、商社に入って外国滞在が長く、なかなか会えない奴もいるが、ほとんどのメンバーが揃うのは嬉しい。
「ところで山崎は今季、どうだったんだ?」錦戸が言った。
バカ、誰もその話題に触れないようにしていたのに。
「お前、スポーツニュース見ていないのか?
日本中で俺の活躍は話題になっているだろう」
「ああ、見ると不快な気持ちになるから、大リーグのニュースが流れるとチャンネルを変えることにしている」
今年の山崎は大リーグの名門、ニューヨークファイアーバーズの先発ローテーションをシーズン通して守り、15勝8敗、防御率2.95の成績を残した。
2年連続の二桁勝利であり、7年一億ドルの契約に見合った活躍をしている。
「仕方ねぇな、俺の今シーズンの活躍をまとめた本だ。一人一冊ずつやる」
山崎はスポーツバッグから、今季の山崎の活躍をまとめたカラー刷りの本を取り出した。
ご丁寧に一冊ずつ直筆のサインが入っている。
「おう、ありがとよ。
ところで山崎、お前ちょっとサイン書いている真似してくれないか?」と新田。
「あ、なんでだ?」
「いいからいいから」
新田は山崎にサインペンを渡した。
そして山崎がサインをする真似をすると、スマホでその写真を撮った。
「何のつもりだ?」
「ああ、ヤ◯オクに出すんだ。
サインをしている写真付きなら、高く売れる」
「なるほどな、後でその写真を俺にも転送してくれ」と井戸川。
「貴様ら…」
というように今年も和やかに高校時代の愚連隊との忘年会の夜は更けていった。
来年は卒業10年目。
全員揃えば良いな。(一応山崎も)
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