第496話 ファン第一号宅への訪問

 ハワイから帰国した翌日、球団事務所に赴き、来季の契約更改を行った。

 金額は下交渉で合意しており、基本的に雑談して、統一契約書にハンコを押すだけだ。


 金額は77,777,777円。

 僕は7の数を指で一つずつ確認した。

 もし7が一つでも少ないと大変なことになる。

 多いなら良いが…。

 

 そして出来高については、別紙に合意内容が記載されている。

 今シーズン以上の成績を残せば、出来高1,000万円だって夢じゃない。

 

 もし来季、規定打席に到達して、打率3割なんて達成してしまったら、年俸は一億円を越えるかもしれない。

 我ながら良くここまで来たものだ。


 そして今回の契約更改の場では、背番号変更の打診があった。

 提示された番号は何と7番。

 正直に言うと、嬉しかった。

 プロ野球選手、特に野手にとって、一桁の背番号は憧れである。


 とてもありがたい申し出であり、心が動かないこともなかったが、僕は辞退した。

 なぜならば、静岡オーシャンズ、そして泉州ブラックスでも僕は58番の背番号を付けており、高橋隆介と言えば背番号58というイメージがファンに定着していると思う。


 そして最大の理由がファン第一号の少年との約束だ。

 いや正確には本人と約束したわけではない。

 だが僕は心の中で、引退するまで背番号は58を背負い続けると決めているのだ。


 その少年は5月8日生まれであり、静岡オーシャンズ時代、僕の背番号が58だったことから、僕のファンになった。

 その子は生まれながら病気であり、1年目のキャンプの時、最後の外出の機会にわざわざ僕に会いに来てくれた。

 そしてそれから間もなくその子は亡くなったが、死ぬ間際まで僕の活躍を楽しみにしてくれたらしい。

 

 そして生前、病室で僕が背番号58の静岡オーシャンズユニフォームを着て活躍している場面の絵を描き、その絵をその子のお母さんが僕にくれた。(第10話)

 その絵は額に入れて、僕の家のリビングに飾ってあり、僕は今も試合前には必ずその絵に挨拶してから出かける。


 その子は僕にとってファン第一号なのだ。

(ちなみに第0号は結衣らしい)

 僕はシーズンオフになると、必ず静岡にあるその少年の家を訪問し、シーズン終了の挨拶をする。

 

「わぁー、りゅーすけーだ」

 翔斗を連れて結衣と訪問し、呼び鈴を押すと、ドアが開き、札幌ホワイトベアーズのユニフォームを着た子供が飛び出してきた。

 ファン第一号の少年が亡くなった後に生まれた子で、確か今年4歳になっているはずだ。

 

 そしてその後ろにはリボンをした可愛い、2歳くらいの女の子が立っていた。

 

「いらっしゃいませ。

 毎年、お忙しい中ありがとうございます」

 ご両親が出迎えてくれた。

「どうも、お久しぶりです。

 今年もお邪魔いたします」


 最初に仏壇前で、ファン第一号の少年へ今シーズンの報告をした。

 その部屋には僕の静岡オーシャンズ時代、泉州ブラックス時代、そして今の札幌ホワイトベアーズでのユニフォームが額に入れて飾られている。

 全て僕のサイン入りだ。

 そしてそれ以外にも僕の写真やグッズで部屋の壁は埋め尽くされていた。

 

「今シーズンは優勝にも貢献されたし、大活躍でしたね」

「はい、最初はライバルも多くて、中々スタメンの機会が回ってこなかったのですが、後半は盛り返しました」

「優勝決定の試合はテレビで見てましたけど、素晴らしい活躍でしたね」

「はい、ありがとうございます。

 我ながら神がかり的な活躍でした。

 あ、そうそうこれ、ハワイの優勝旅行のお土産です」

 僕はハワイで買った、マカデミアナッツのチョコレートと、サーファータオルのセットを渡した。

(僕はカメハメハ大王の置物を推したのだが、結衣に却下された)

 

「ありがとうございます。あ、こら」

 テーブルに置いた瞬間、男の子がサーファータオルの箱を手にとって眺めている。

 気に入ってくれたようで良かった。


「でも高橋選手も今や、札幌ホワイトベアーズの主力選手になりましたし、背番号変更の打診とかあるんじゃないですか?」

 お父さんが言った。

「ええ、ありましたけど、僕は引退するまで背番号を替えないと決めていますから」

 

「そうですか。

 ありがとうございます。

 高橋選手をテレビで応援していると、不思議と亡くなったあの子が側で一緒に見ている気がするんです」

 そう言ってお母さんが、その少年の遺影を見た。

 僕も改めてその少年の遺影を見た。 

 静岡オーシャンズ時代のユニフォームを着た少年が屈託の無い笑顔で映っている。


「来年からこの子も野球を始めるんですよ。

 パパとキャッチボールをするのが大好きで、来年から地元の少年野球チームに入れてもらえることになったんです」 

 そう話していると、その子が子供用のグローブを持ってやってきた。

 僕がサインをすると、飛び上がらんばかりに喜んでいた。

 そう言えば、あの子もサインしたバットを上げたら、同じように、喜んでいたっけ。

 やっぱり兄弟だな。

 僕は微笑ましく思った。


 あと何年かすると、この子と翔斗がキャッチボールをできるようになるだろう。

 その日が楽しみだ。

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