第493話 契約更改

 今日は契約更改の下交渉の日であり、テレビ会議で行う。

 パソコン画面には札幌ホワイトベアーズ球団の査定担当の方2名が映っている。

 一人はメガネをかけた神経質そうな痩せ型の中年の男性であり、もう一人は、いかにもスポーツをやってきました、という肩幅の広い30代後半くらいの男性である。

 

「まずは今シーズン、お疲れ様でした。

 高橋選手に置かれましては、規定打席に到達していないとは言え、打率3割を残し、優勝にも貢献して頂きました。

 当球団としても、高く評価させて頂いています」

 若い方の男性が言った。

 

「はい、ありがとうございます」

「それで来季なんですが、厳正に査定した結果、7,600万円で契約を締結したいと存じます」

 7,600万円なら、今シーズンから1,600万円もアップだ。

 悪くないのでは無いだろうか?

 

 そう思って、画面外でブロック遊びをしている翔斗の相手をしている結衣の方を見た。

 すると結衣は黙って首を振っている。

 どうやら7,600万円ではお気に召さないらしい。


 僕はあらかじめ結衣が用意した、今シーズンのアピールポイントや主張することをまとめた、画面外のホワイトボードを見ながら、話した。

 

「えーと、アップはありがたいのですが、優勝決定戦ではサイクルヒットを達成しましたし、今シーズンは数字に残らない活躍も多かったと自負しています。

 もう少し上げて頂けると思っていました」

 我ながら棒読みだ。


「はい、その点は我々も評価しており、最初の査定では今シーズンから約23%アップの7,400万円と算定していました。

 そこに優勝への貢献度を加味して、7,600万円と提示させて頂いたものです」

 隣のメガネ男が口を開いた。

 

「正直なところ、希望額と差が大きすぎて、今決めることは難しいと思います」

 この文言も結衣が作成した想定問答どおりだ。

 昨日、練習した。

 

「ちなみに希望額は幾らでしょうか」

「はい、一億円です」

 二人の顔から失笑が漏れた。

 

 もっともこれは想定通りだ。

 僕だって、今シーズンの成績で一億円に到達するとは思っていない。

 だがあえて高い金額を言っておいて、そこから落とし所を探る作戦だ。

 

「打率3割を打ったことは高く評価しますが、さすがに一億円はちょっと厳しいですね」

 スポーツマン風の男性が言った。

 

「それでは例えば出来高をつけて頂けないでしょうか」

「出来高…ですか?」

「はい、モチベーションアップのためにも是非、お願いします」

「それは何に対してでしょうか。

 タイトル獲得に対してでしょうか」

 それはハードルが高すぎる。

 

「いえ、出場試合数とか、安打数とか、盗塁数などでお願いしたいと思います」

「なるほど。検討します」


 というように1回目の下交渉は物別れに終わった。

 僕自身、さすがに6,000万円から4,000万円も上がるとは思っていない。

 結衣とは8,000万円を狙おうと打ち合わせしている。


 2日後、2回目の下交渉を行った。

 今回も相手は痩せ型も元スポーツマン風の2人だ。


「我々としても持ち帰って、上司に相談しました。

 まず基本となる年俸ですが、グッズの売上への貢献も考慮して、少しアップの7,777万7,777円で如何でしょうか」

 7,777万7,777円?

 前よりも少し上がった。

 僕は結衣の方を見た。

 結衣はホワイトボードに何か書いている。

 

「出来高の件はいかがでしょうか」

「はい、それも検討しまして、100試合出場で100万円、120試合でプラス100万円、140試合で更にプラス100万円。

 安打数100本で100万円、それ以降は10本ごとにプラス100万円。

 盗塁は20個で100万円、それ以降は10個ごとにプラス100万円。

 そして300打数以上、かつ打率3割を達成で300万円でいかがでしょうか」


 結衣が電卓を叩いている。

 そして右手で◯を作った。

 オッケーということだ。

 

「はい、是非それでお願いします」

「承知しました。

 我々としても高橋選手にはとても期待しています。

 高橋選手が活躍すると、ファンも喜ぶし、チームの雰囲気も良くなります」

 細身の神経質そうな方が、少し微笑んでそう言った。

 そう言われると嬉しい。

 

「はい、来季も頑張ります。

 よろしくお願いします」

 ということで、無事に下交渉も終わった。

 正式には来週、球団事務所に赴いて、統一契約書に押印することになった。

 

 ちなみに結衣の計算によると、もし今年と同等の活躍をすると、出来高は600万円になり、さらにフル出場して、打率3割、盗塁数40個など活躍すると、出来高は1,000万円以上になるそうだ。


 ちなみに僕の契約更改前に、谷口も契約更改し、報道によると今季年俸3,300万円から倍増の6,600万円となったそうだ。

 規定打席に到達し、チーム2位の17本のホームラン、そして犠打31というのも評価されたようだ。


 お互い、どちらかというと遅咲きだが、プロ野球選手らしい年俸になってきた。


 

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