第492話 三田村の結婚式②
「うちのお兄ちゃんは、粗暴で粗野で粗雑で、脱いだものを片付けずにそのままにしておく、とてもだらしない人です」
いきなりか。
僕は顔を真っ赤にしてうつむいた。
やっぱりな。後で覚えていろよ。
「中学時代も高校時代も野球ばっかりやって、全く勉強をしなかったので、学力は中学生、いえ小学生以下でした」
一体、こんなところで僕を貶めて、どうするつもりだ。
「うちのお兄ちゃんは、高校時代の進路指導で、バカ〇ンのパパが卒業したバカ田大学でさえも受からないと言われ、大学に行かなかったのではなく、行けなかったというのが正しいです」
あの野郎。
こんなところでさっきの兄妹喧嘩の仕返しをするつもりか。
僕は下を向き、成すすべもなく、拳を握りしめた。
「でも…、お兄ちゃんは本当は大学に行きたかったのを私は知っています…。
確かにお兄ちゃんは自分の名前を書くのすら怪しいので、恐らく学力では受かる大学は日本中、いえ、世界中探しても、無かったでしょう」
いや、さすがに世界中探せばあったんじゃないか?
「でも野球だけはできたので、もしかして推薦で入れる大学もあったかもしれません。
でもお兄ちゃんは、高校入学早々に大学進学を諦めました…」
そこで妹はいきなり涙声になった。
泣きたいのはこっちだよ。
こんな大勢の前で、ディスられて…。
「…、お兄ちゃんが大学進学を諦めたのは、学力が中学生レベルにも達していなかったのもありますが…」
そこで妹はハンカチを取り出し、涙を拭いた。
こいつは一体、どこまで僕をディスれば気が済むんだ?
「お兄ちゃんが大学進学を諦めたののは…」
妹は更に泣き声になった。
何を泣いているのか知らないが、もうやめたらどうだ。
「私のためです…」
一体、何を言おうとしているんだ?
隣りにいる三田村がハンカチを取り出し、妹の目を拭いた。
妹は手紙を読むのを続けた。
「私の家は母子家庭で、子供ながら家計に余裕が無い事を知っていました。
授業料はともかく、高校に行けば何かとお金はかかります。
だから中学生の時、家計に負担をかけないように、私は働きながら、定時制高校に通うことを考えていました…」
それは初耳だ。
そんな事を考えていたのか。
「でもお兄ちゃんは、大学進学を諦め、プロになるか、社会人野球に進むか、それが叶わなければ野球を諦めて、働くことを決めていました…。
そして…、それは私のためでした…」
知っていたのか…。
「そしてお兄ちゃんはドラフト7位で、静岡オーシャンズに指名して頂き、その契約金で私の学費やその他様々な費用を払ってくれました。
皆さん、このバッグを見てください」
そう言って、妹は古くなったバッグを持ち上げて見せた。
「とてもとても趣味が悪いですよね。
このバッグは、お兄ちゃんからの入学祝いです…」
今度は何を言おうとしているのだ?
やっぱり僕をディスるつもりか。
「これはお兄ちゃんが最初に貰った年俸で買ってくれたものです。
お兄ちゃんが選んだので、趣味はとてもとても悪いですが、このバッグは私にとって一生の宝物です…。
お兄ちゃんがお客さんが女性ばかりの可愛いお店で、場違いながらも一生懸命に選んでくれたのを人づてに聞きました。
その姿を思い浮かべると、今でも爆笑しそうになります。
そして趣味はとてもとても悪いですが、私はこのバッグが大好きです」
趣味が悪くて悪かったな。
しかも「とても」2回は余計だ。
これでも店員さんに流行りを聞いて、買ったんだぞ。
「そしてお兄ちゃんは、私の大学の学費まで出してくれました。
私は正直言って、大学に行くことは諦めていましたし、高校入ったら、アルバイトをして家計の足しにするつもりでした。
仮に大学に行ったとしても、奨学金を借りて行くつもりでした。
でもお兄ちゃんは、お前は俺と違って、頭が良く勉強好きだ。
俺の分まで勉強しろ、と言って、あまり多くない年俸から、塾代や決して安くはない大学の学費を出してくれました…。
おかげで私は希望の大学に合格、卒業し、憧れの会社に入ることができました」
そう言って、妹はまた泣き出した。
そんな事を言った記憶はないが…。
言ったのかな?
ていうかあまり多くない年俸というのは余計だろう。
「粗暴で粗野で粗雑で、脱いだものをそのままにする、だらしないお兄ちゃんですけど…、私にとっては…、私にとっては…、一生に一度しか言いません。
…世界一、素敵な最高のお兄ちゃんです…」
式場内から自然に拍手が沸き上がった。
僕は恥ずかしさで、俯いていた。
でもなんでだろう。
涙が止まらないのは。
「そして清さんと出会えたのも、お兄ちゃんのおかげです。
しつこく試合を見に来いと言うので、球場のスイーツ目当てで、嫌嫌、お兄ちゃんが出るかどうかもわからない試合を見に行ったのですが、その球場で出会ったのが清さんでした」
「お兄ちゃんは、かって俺の同期入団の選手で、俺以上におバカだけど、とても誠実で信頼できて、尊敬できる奴がいると言っていました。
それを聞いたとき、私は是非、お兄ちゃん以上におバカだという、その人に会ってみたいと思いました」
「最初、清さんに声をかけられた時は、よくあるナンパだと思いました」
確かに結衣と妹が並んで座っていると、よく男性に声をかけられたそうだ。
妹も外見は、贔屓目なしに見てもかなり良い方だろう。
妹は大学時代、とてもオシャレなカフェでアルバイトしていた。
(好きなスイーツをまかないで食べられるという、趣味と実益を兼ねていたのだろう)
そこでも良く男性から声をかけられたらしい。
そしてそのアルバイトで得たお金を、一円も使わないで貯めている事を僕は知っている。
働き始めてからも、あまりお金を使わず貯金をしているのも知っている。
母親が以前、こっそり教えてくれたのだ。
いつか僕が引退して、路頭に迷ったら学費分を返すつもりだそうだ。
大きなお世話だ。
だから大学生時代は母親からもらう、数千円の小遣い以外は、お金を持たず、使わず、僕がもらってきた食事券等を持って行って、趣味のスィーツ店巡りに充てていたのだ。
働き始めた今だって、必要な物以外は買っていないのも知っている。
生憎だが、引退してもしばらくは生活に困らないように、結衣が貯金をしてくれている。
変な意地張らず、働いたお金くらい、自分のために使えば良かったのに。
チャラチャラした見た目に似合わない、そういうところは三田村と似ているかもしれない。
そう考えると似たもの夫婦だ。
くそっ。
おめでとう。
お前なんてな、三田村と一緒になって、幸せになっちまえ。
そうなればもう俺は、お前の事を心配する必要がなくなる。
せいせいするぜ。
「そして清さんは、ちゃっかりと私達の横に座り、色々とお話をしていると、確かに少しおバカですけど、誠実でとても信頼できる方だと感じました。
そんな清さんに出会えたのも、お兄ちゃんのおかげです。
お母さん、お兄ちゃん、これまでありがとう。
そしてこれからもよろしくね。
麻衣」
会場から盛大な拍手が巻き起こった。
僕も目から滴る雫を拭いながら、拍手をした。
どうか三田村と妹に幸あれ。
心からそう思った。
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