第488話 野球教室にて
「よし、ウォーミングアップ終わり。皆、集まれ」
内沢さんの大声に反応し、子供たちは次第にキャッチボールの距離を小さくし、やがて止め、小走りで内沢さんの前に集まってきた。
そしてキビキビした動きで、背の低い順にピシッと4列に並んだ。
良く教育されているようだ。
私語を話す子供は一人もいない。
「今日は皆が楽しみにしていた、現役プロ野球選手に野球を教わる日です。
紹介します。
札幌ホワイトベアーズの駒内選手と高橋選手です」
子供たち、そして周りにいる親御さんたちから大きな拍手を受けた。
何となく気恥ずかしい。
「駒内選手、高橋選手。
今日はよろしくお願いします」
そう言って、内沢さんは僕らに向かって頭を下げた。
何となく僕の知っている、かっての内沢さんと違うみたいだ。
そんな印象を受けた。
「みんな、折角の機会だから、現役のプロ野球選手の一挙一動を参考にするんだぞ」
そこまで言われるとちょっと照れる。
うかうか鼻をほじることもできやしない。
僕と駒内選手は、子供たちを野手とバッテリーに分けて教えることにした。
駒内選手はプロ入り時点では、ピッチャーであり、4年目に強肩と俊足を活かして、野手に転向していたので、バッテリーを担当する。
野手陣は僕の担当だ。
まずは手本を見せる。
内沢さんのノックを受け、それを一塁手役の球団スタッフの戸田さんに送球するのだ。
内沢さんは普段はかなり手加減してノックを打っているのだろう。
「すげぇー」
子どもたちはまず、内沢さんのノックの鋭さに感嘆の声を上げた。
そして僕はもちろんそれを軽く捕球し、一塁に送球した。
すると子供たち、そして親御さんからも大きな歓声が上がり、大きな拍手が巻き起こった。
それを3球やり、次は子供たちの番だ。
ノッカーは引き続き内沢さんが努め、僕は子供たちの後ろで1人ずつプレーを見て、アドバイスを送った。
もっと腰を低くしたほうが良いとか、送球時は相手の胸を目掛けて投げるとか。
そして休憩時間になり、僕と内沢さんはベンチに並んで腰掛けた。
「ほらよ」
内沢さんが自動販売機で買った缶コーヒーを、手渡してくれた。
「今日はありがとうな。
子供たちもとても喜んでいる。
俺も手加減せずにノックバットを振れたしな」
内沢さんはいたずらっぽく笑った。
やはり僕の知っている頃の内沢さんとは別人みたいだ。
「信じないかもしれないけどな、俺はお前と谷口の活躍を心から喜んでいるんだぜ。
お前らが活躍するのを見ると、俺は自分がプロで活躍できなかった理由がはっきりとわかる」
缶コーヒーを飲みながら、内沢さんはそう言った。
「いつかは悪かったな。
本当は俺はお前らみたいになりたかったんだと思うよ。
だから無我夢中に練習に取り組むお前らが、眩しかったんだろうな」
かって僕が寮でトレーニングをしていた時に、酔っぱらって帰寮した内沢さんに絡まれた事があった。(第37話)
その時の事を言っているのだろう。
内沢さんは話を続けた。
「俺は知っての通り、ドラフト1位で入団して、周りから大きな期待を受けていた。
契約金もたんまりもらったし、周りはチヤホヤしてくれるし、高校を卒業していたばかりの俺はテングになっちまった」
内沢さんは両手で缶コーヒーを持ち、前を向きながら話を続けた。
「周りの期待が大きければ大きいほど、俺は焦っちまってな。
それでも最初のうちはそこそこ結果も出たし、まだ良かったが、年数が経つに連れ、成績も伸び悩んでな。
そして段々と金を使うことに楽しみを覚えてしまった…」
確かにあの頃、内沢さんは休日はいつも外出していた。
「7年目のシーズン終了後、戦力外通告を受けて、育成契約になり、ようやく目が覚めて練習に真剣に取り組んだが、既に遅かった…。
そして8年目のシーズン終了後、来季は育成契約も結ばないと言われた時、情けないけど俺はホッとしてしまった…」
そう言って、内沢さんは空を見上げた。
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