第485話 杉澤さんのラストマウンド
試合開始が近づき、マウンドでは杉澤投手が投球練習をしている。
全盛期と変わらないフォームから、原谷捕手めがけて投げ込んでいる。
杉澤投手は1年目から7勝(8敗)し、2年目に11勝(9敗)、3年目は13勝(8敗)と入団当初から活躍し、左のエースとなり、年俸も4年目を迎える時には一億円を越えた。
4年目も9勝(11敗)とローテーションを守ったが、肘痛を発症し、5年目は3勝(9敗)、6年目0勝(2敗)と成績を落とした。
そして6年目の途中で肘の手術をし、7年目はリハビリで登板が無かった。
そして8年目の昨シーズン。
復帰登板を果たし、先発のマウンドにも経ったが、0勝(1敗)に終わり、捲土重来を期して、今シーズンにかけていたのだ。
だが今シーズンも全盛期の球威は戻らず、一度も一軍での登板は無く、先日、引退を発表したのだ。
かっての左のエースが4年間勝ち星無しで、苦しかったと思う。
だが手術をしても復帰に向け、一生懸命リハビリし、そして復帰後、中々一軍に呼ばれなくても、腐らず二軍で若手に混じり練習を続けた。
コーチの肩書はついていないが、若手投手からの質問に真摯に対応し、的確なアドバイスをし、若手投手陣からの信頼が厚いとも聞いている。(情報源は三田村トレーナー他)
非公式ながら、来季は投手コーチとして、球団に残ることも内定しているらしい。
いよいよプレイボールがかかった。
泉州ブラックスの1番は、球界屈指のリードオフマンで、同僚の高台捕手とチョイ悪コンビを組む、岸選手。
初球。
真ん中低めへのストレート。
岸選手は見送った。
球速は139km/h。
かっては150km/hを越えていたことを思うと、全盛期には及ばない。
2球目。
スライダー。
外角一杯に決まった。
球速は126km/h。
3球目。
内角低目へのチェンジアップ。
岸選手は見送った。
コースをついた素晴らしい球だったが、わずかに外れてボール。
そして4球目。
真ん中高目へのツーシームを岸選手は捉えた。
打球はセンターに飛んだが、センターの宮前選手の正面。
センターライナーだった。
杉澤投手はマウンドを降り、帽子を取り、ホームベースに向かって一礼し、歩いてきた原谷捕手と握手し、軽く抱擁した。
そして後を継ぐ本宮投手とハイタッチし、帽子を高く掲げて、球場内のファンの声援に答えながら、ベンチに戻っていった。
杉澤投手は僕にとって、プロに入った時から憧れの存在だった。
最初の新人合同自主トレで、杉澤投手の投げるボールに度肝を抜かれた事を思い出す。
その当時の自分には、絶対打てないと思ったし、いつかは打ちたいと思った。
僕にとってプロのピッチャーのレベルを教えてくれたのが、杉澤投手の投球であり、目標でもあった。
そして私生活でも色々と気にかけてもらった。
僕は同じ高卒でも、入団当初、上位入団で将来を嘱望されていた谷口と異なり、あまり期待されず、先輩方からも声をかけてもらうことが少なかった。
そんな中、時折食事に連れて行ってもらったり、投手目線からの技術的なアドバイスをもらうこともあった。
だから杉澤投手には、「お疲れ様でした」という言葉に加え、「ありがとうございました」と伝えたい。
試合は3対3のまま、9回裏を迎え、ワンアウト満塁からの原谷捕手の右腕へのサヨナラデッドボールで締めくくった。
当たった時は大げさに腕を抑えて痛がっていたが、勝利のハイタッチの際は当たった方の腕を上げていた。
今シーズン、泉州ブラックスは3位、そして静岡オーシャンズは4位が確定しているので、正直なところこの試合の勝ち負けは大勢に影響はなかった。
そしてこの試合はヒーローインタビュー後、杉澤投手の引退セレモニー、そして静岡オーシャンズのホーム最終戦セレモニーが行われる。
ヒーローインタビューは、サヨナラデッドボールを受けた原谷捕手である。
どう考えても締まらないインタビューになるだろう。
省略してもよろしいでしょうか?
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