第484話 元エースの引退試合
「懐かしいな」
静岡オーシャンスタジアムに来ると、いつも感傷的な気持ちになる。
プロ野球選手としてのキャリアをスタートした場所であり、このスカイブルーで統一された、美しい球場で活躍することを、僕は夢見ていた。
泉州ブラックス時代のリーグ戦や、札幌ホワイトベアーズ移籍後も交流戦でこの球場でプレーすることはあったが、観客として試合を見るのは初めてである。
しかも相手は古巣の泉州ブラックス。
とても楽しみだ。
僕は試合開始前の2時間前。
球場の開場と共に入場した。
「煌めく朝日と太平洋 我らが集うはオーシャンズ
歴史を胸にいざ進め 。
鋭い魔球が打者を切る。
輝く打球が宙(そら)を跳ぶ。
ダイヤのような堅守を誇り、疾風(はやて)のように塁を駆る。
進め、我らのオーシャンズ
オーシャン、オーシャン、オーシャンズ
それいけ、静岡オーシャンズ」
球場内を歩き回っていると、外野スタンドでは私設応援団の方々が、球団歌を演奏していた。
この歌は毎年のドラフト同期組の忘年会で、必ず最後にみんなで肩を組んで歌う。
僕にとって思い出深い、特別な歌だ。
これまでの忘年会では、ドラフト同期組の7人が必ず全員集まっている。
年齢も球歴も異っているし、引退した方もいるが、それでも同期の絆というのは今でも強いものがある。
僕らが指名されたドラフト会議後、静岡オーシャンズの指名は12球団でも一番評価が高かった。
ドラフト1位は、4球団競合した中、抽選で引き当てた、大学球界No.1左腕の杉澤投手。
ドラフト2位は、ドラフト1位候補にも名前が上がっていた、高校球界屈指のスラッガー、谷口。
ドラフト3位は、社会人野球の都市対抗で大活躍した、俊足巧打の竹下選手。
ドラフト4位はモブキャラ。
ドラフト5位もモブキャラ。
ドラフト6位は大卒、社会人野球を経由して、アメリカの独立リーグからドラフト指名を受けた、飯島投手。
そしてドラフト7位は言うまでもない。
だが、9年目を迎え、静岡オーシャンズに残っているのは、ドラフト1位の杉澤投手と、ドラフト5位のモブしかいない。
そしてそのドラフト1位の杉澤投手が今日、引退試合を迎えるのだ。
「おう、早いな」
内野の自席に座っていると、ドラフト4位のモブ夫妻がやって来た。
(名字がモブというのではない。念の為)
「何だ、来たのか」
「当たり前だろう。
杉澤さんから、招待券頂いたし。
もう二軍は全日程終了しているから、今日は休みをもらった。
て言うか、お前からの結婚式の招待状の返事、欠席に◯付いていたから、出席に直しておいたからな。
お前、日本語も読めないのか」
「バカヤロウ、読めるから欠席に丸つけたんだよ」
そう毒づいてから、その妻を見た。
「ていうか、お前、まさかそれ2つとも一人で食べるわけじゃないよな」
「何、悪い?
残念ながらあげないわよ」
その両手には見るだけで胸焼けしそうな、生クリームやフルーツたっぷりの2種類のパフェを持っている。
「いらねぇよ。
そんなのばかり食ってたら太るぞ」
「是非、太りたいわ。
この間の健康診断でも痩せ過ぎと言われたんだから。
どうしたら太れるのかしら…」
世の女性を敵に回す可能性がある、危険な発言である。
皆さん、是非糾弾して下さい。
不幸の手紙、お待ちしております。
宛先は静岡オーシャンズ、三田村トレーナーまで。
「よお。早いな」
竹下さんと飯島さんだ。
どちらも生ビールと焼き鳥を持っている。
既に二人とも赤い顔をしている。
「どうしたんですか。
顔赤いけど、熱でもあるんですか?」
ドラフト4位のモブこと、三田村が相変わらずトボけた発言をした。
「いや、駅前で竹下と合流して、軽く一杯やってきたんだ」と飯島さん。
その顔色は重く数杯にしかみえない。
はっきり言って、泥酔の一歩手前である。
「何時に合流したんですか?」
「9時だ」
「そんなに早くからですか。
良く朝からやっている店ありましたね」
「いや、昨夜の9時だ。」
夜通し飲んでいたのか…。
「あれ、谷口は?」
「さあ、球場周りでも走っているんじゃないですか。
あいつは練習しないと死んじゃう病にかかっていますから…」
僕も練習熱心な方であると思うが、谷口には到底敵わない。
真似したらそれこそ身体を壊してしまう。
試合開始約30分前になり、今日の先発バッテリーが発表される。
今日の先発は杉澤投手。
発表と同時に大きな拍手が起こり、杉澤投手の応援歌が流れた。
そして受けるキャッチャーは、ドラフト同期入団のモブこと、原谷捕手。粋な計らいだ。
原谷捕手は何だかんだ言って、第2捕手としての地位を獲得しており、不祥事でも起こさない限りは来年も契約されるだろう。
つまりドラフトから10年目を迎える来季、静岡オーシャンズに残っているのは原谷捕手のみになる。
ドラフト会議直後の評価を考えると、期待外れに分類されるのかもしれない。
だが移籍したとは言え、僕も谷口も生き残っており、杉澤投手もかってはエース級の活躍をしたし、故障に苦しんだ三田村以外は一軍を経験したことを鑑みると、決して失敗ドラフトでは無かったと思うが、いかがだろうか。
そんな事を考えていると、試合が始まった。
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