第483話 ビールかけ

 ビールかけの会場は、大阪でのチーム定泊のホテルの地下駐車場ということだ。

 

「ほらよ、これ付けとけ」

 下山選手から小さい箱を渡された。

 開けてみると、ゴーグルだった。

 

「ビールが目に入ると、結構しみるぞ」

 なるほど、さすが経験者。

 僕、谷口、そして五香選手はもらったゴーグルを付けた。


 そして会場に入ると、至る所がビニールで覆われており、テーブルには何百本かのビールが置いてあった。

 報道陣はカッパを着ており、テレビカメラもビニールで包まれていた。


 ビールかけはテレビではもちろん見たことがあるが、やるのは初めてだ。

 高校時代に全国制覇した時もやらなかった。

(作者:当たり前です)


 今日の試合、ベンチ入りした選手、怪我等で戦列を離れているものの優勝に貢献した選手、そして大平監督を始めとした首脳陣、球団スタッフ、そしていつもお世話になっている裏方さん達。

 みんな揃った。


 前方にはちょっとした壇が設けられており、そこには大平監督、そして投手陣を代表して青村投手、野手陣を代表して道岡選手の3人が立っている。

 

 そして大平監督が挨拶を始めた。

「今日はお疲れ様でした。

 皆さんのお陰で7年ぶりにリーグ優勝を果たすことができました。

 まだまだクライマックスシリーズ、そして勝ち抜けば日本シリーズもあります。

 戦いは続きますが、今日だけはハメを外して楽しみましょう。

 カンパーイ」

 大平監督の発声でビールかけが始まった。


 まずはビール瓶を二本持って、谷口の頭からビールをかけてやった。

「てめぇ、いきなりやりやがったな」

 谷口もビールをかけてきた。


「冷たい」

 背中に冷たい液体が流れる感触があった。

 後ろから五香選手にユニフォームの背中からビールをかけられたのだ。

 てめぇ。


 かけ返そうとすると、今度は下山さんに頭からビールをかけられた。

 ゴーグルのおかげで目は守られているが、ベタベタして変な感じだ。


 すると眼の前に新藤投手がいたので、後頭部からビールをかけて差し上げた。

「てめぇ、誰だ。

 後で覚えていろよ」

 新藤投手は顔を拭いながらそう言った。

 

「僕は湯川です」

 後で仕返しが怖いので、嘘をついた。

「バカヤロウ。

 その知性のかけらもない声は、バカ橋だろう。

 わかっているんだぞ」

 へぇー、声で知性の有無がわかるのか。そいつは知らなんだ。


「先輩、飲んでいますか。どうぞ」

 今度は後ろから声がして、頭からビールをかけられた。

「その声は湯川だな。

 てめぇ、先輩にそんな事をするとどうなるかわかっているんだろうな」

「大丈夫です。

 心の広い高橋先輩は、こんなことじゃ怒らないの知っていますから」

「ま、まぁな」


 そんな事を話していると、また後ろからかけられた。

「てめぇ、ぶっ◯すぞ」

 そう言いながら、振り向くとそこにいたのはダンカン選手だった。

「ホワット?」

 隣りにいた通訳が訳した。


「グッド」

 するとダンカン選手が不敵な笑みを浮かべながら、ボキボキと指を鳴らした。

 一体、何と訳したのか。

 いや、僕でもわかる。

 恐らく「KILL YOU」か「FUCK YOU」のいずれかだろう。

 くわばらくわばら。

 僕はそそくさと逃げだした。

 それを見て、周りの選手が笑っている。


 とまあ、非常に濃密で楽しかったが、時間にすると20分そこそこだったかもしれない。

 プロ野球の歴史に残る名選手でも、所属するチームによって優勝を経験できなかった選手も数多くいる。

 その中でプロ9年目にして、ビールかけを経験できたことは幸せな事かもしれない。

 ビールかけが終わり、持参していたジャージに着替えながらそんな事を思った。


 ところで明後日、僕は静岡に行く。

 札幌ホワイトベアーズは今日で全日程を終了したが、静岡オーシャンズはまだ試合が残っている。

 そして最終戦には、今シーズン限りで引退する選手の引退試合が予定されているのだ。

 

 

 

 

 

 

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