第480話 ラストゲーム
シーズン最終戦で、首位京阪ジャガーズとは0.5ゲーム差。
12回表、点差は2対2でツーアウト満塁。
バッターは今日6打席目の僕。
とても、めちゃくちゃ、もの凄く、非常に、痺れる場面だ。
カウントはツーボール、ツーストライクで、次は7球目。
僕はバットを構えた。
そして番場投手はセットポジションから7球目を投じた。
真ん中、やや外角よりの低目へのストレートか。
いや、スプリットだ。
渾身の力を込めて、打ち返した。
打球はライトにライナーで飛んでいる。
ここは低目へのスプリットと読んでいた。
番場投手の代名詞とも言える球だ。
やや前よりに守っていた、ライトの向田選手が打球を追っている。
懸命に背走し、ジャンプしながらグラブを伸ばした。
どうだ。
球場内から大きな声が上がった。
歓声か悲鳴か、どちらともわからない。
どうだ、どうなったんだ。
僕は懸命に一塁に向かって走っている。
そして倒れている向田選手の先に打球が転がっているのが、目に入った。
何故かこの時、嬉しいとか、安堵とか、そういう感情を一切感じなかった。
まるで全てがテレビとか映画とかの中の出来事で、それを僕が見ているようにすら思えた。
一塁を蹴って二塁に向かった。
その途中、三塁ランナー、そして二塁ランナーがホームインしたのが視界に入った。
横目でセンターの中道選手が打球にようやく追いついたのが見えた。
僕は二塁を蹴って、三塁に向かった。
そして三塁に向かう途中で一塁ランナーの五香選手もホームインしたのが見えた。
三塁に到達する手前、まだ送球は来ていない。
僕はさらに三塁ベースを蹴った。
三塁コーチャーの澄川さんが止まれ、という仕草をしているのが視界に入った。
だが僕はそのまま、スピードを落とさず、ホームに突っ込んだ。
そして外野からの返球が来た。
タイミングは微妙か。
僕は回り込むように滑り込んだ。
城戸捕手からタッチが来た。
判定は?
咄嗟に球審を見た。
「アウト」
でもワンチャンあるかもしれない。
僕はベンチに向かってリクエストを要求した。
しかしベンチの麻生バッティングコーチは、こっちを指差して笑っているし、大平監督は腕組みしながら、やはり笑っている。
なぜリクエストしてくれないのだ。
もう1点入るかもしれないのに。
そこでようやく気がついた。
そう言えば11回表にリクエストを使って、失敗していた。
延長戦では一度しか使えないのだ。
とは言え、走者一掃のスリーベースヒット。
ん、スリーベース?
あれ、ということは?
僕は外野の大型ビジョンを見た。
「札幌ホワイトベアーズ、高橋隆介選手、サイクルヒットおめでとう」と出ている。
そうか。
頭から抜け落ちていた。
サイクルヒットを達成したのか…。
僕は実感がわかないまま、ベンチに戻った。
チームメートは盛大に迎えてくれた。
だが浮かれるのはまだ早い。
延長12回裏がある。
札幌ホワイトベアーズはあまり投手が残っていない。
さっき稲本投手に五香選手が代打で出されている。
ここは誰が投げるのか。
そう思っていたら、球場内をアナウンスが流れた。
「札幌ホワイトベアーズ、守備位置の変更をお知らせします。
先ほど下山選手に替わり代走で出場した、駒内選手がそのまま入り、5番センター、駒内。
また先程、稲本投手に替わり、代打で出場した、五香選手がそのまま入り、9番ピッチャー、五香」
そうか。
その手があったか。
五香選手は自称(?)二刀流だった。
3点差あることから、そのまま投げさせるのだろう。
そして五香選手はいきなり城戸捕手にソロホームランを浴びたものの、ショートのファインプレーもあり、何とかツーアウトまでこぎつけた。
そして最後のバッター、浅井選手から空振りの三振を奪った。
五香投手はその瞬間、両手とも拳を作り、大きく吠えた
そしてベンチからは選手が飛び出し、出場選手もホームベース付近に集まってきた。
優勝の瞬間にマウンドにいるのが、五香投手だなんて、恐らく誰も予想できなかっただろう。
そして夢にまで見た、大平監督の胴上げが始まった。
大平監督が宙に三度、四度と舞う。
プロ9年目。
ようやく経験できた。
僕は胴上げに加わりながら、目に熱いものを感じた。
ようやく…、ようやく…、ここまでたどり着いた…。
だが僕のプロ野球選手人生はまだ終わりではない。
いや、むしろこれからだ。
今シーズンだって、まだまだクライマックスシリーズ。
そしてそれを勝ち抜けば日本シリーズもあるのだ。
感慨に浸るのは、引退してからで充分だ。
また明日から頑張ろう。
(作者より)
ここまでご愛読ありがとうございました。
作者すら先がわからないまま、話を作り続けて480話。
毎日1話としても、480日ですね。
1年と約4ヶ月です。
我ながら良く続いたと思います。
時には毎日の更新が辛い時もありました。
でも皆さんの応援、コメント、星が励みになりなりました。
ここまで続いたのも読んで頂いた、皆様のおかげです。
本当に行き当たりばったりで話を作っており、正直なところ、この優勝決定の試合すら、書き始めた時には、結末を決めていませんでした。
どちらかというと、ギリギリのところで優勝を逃す、という話を考えていました。
サイクルヒットを、しかも延長12回の大舞台で達成というのも、477話の時点では全く頭にありませんでした。
書いているうちに、12回表にツーアウト満塁なら偶然にも、主人公に打順が回ることに気が付きました。
こんなチート的な結末。
この小説には、ふさわしくないかもしれないですね。
ところで、この話を書き終えた時、話も長くなってきたし、優勝し、サイクルヒット達成した、ここで最終回を迎えるのも、キリが良いし、話としても美しいのかな、という考えが頭をよぎりました。
そしてここで最終回にすることについて、少し悩みました。
でも…、まだまだ書きたい事があります。
だから、読んで頂いている方がいる限りは、もう少し話を続けたいと思います。
1,000話とは言いませんが、書きたい事を書き切るまで。
ということで、もう少しお付き合い頂けると、嬉しいです。
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