第479話 大舞台にて

 ツーアウト一、二塁。

 もし凡退したら試合終了で、優勝を逃す。

 そんな大事な場面なのに、打席に入る五香選手は普段と変わらないように見える。


 バッターボックスに入る前に一度屈伸して、軽く首を振る。

 いつものルーティンだ。


 初球。

 外角一杯へのストレート。

 高さといい、コースといい、素晴らしい球だ。

 五香選手は見逃して、ストライクワン。


 五香選手は顔色一つ、変えない。

 大丈夫だ。

 僕はそう思った。


 そして2球目。

 内角低目へのチェンジアップ。

 これを五香選手は打ち返した。

 打球はゴロで三遊間に飛んでいる。


 ショートは名手、木崎選手…ではなかった。

 そう言えば4回に代打が出て、今は小湊選手が守っている。

 小湊選手は打球には追いついたが、投げられない。

 これでツーアウト満塁。

 そして迎えるバッターは…、僕だ。


 正直なところ、11回表に凡退して、もう一打席回ってくるとは思っていなかった。


 僕は改めて球場内を見渡した。

 延長12回になったが、この熱戦にお客さんはほとんど帰らず、超満員のままだ。

 お客さんのボルテージも最大級に上がっている。

 そのほとんどは番場投手への声援だ。


 だがこの中では数少ないであろう、札幌ホワイトベアーズファンの声援も聞こえる。

 まさかシーズンの優勝を決めるようなこんな大事な場面で、打席が回ってくるとは。

 

 しかもツーアウト満塁。

 ヒットを打てば貴重な勝ち越し点だし、凡退したら京阪ジャガーズの優勝が決まる。

 

 僕は打席に入る前にマウンドの番場投手の顔を改めて見た。

 かってのドラフト1位で、大リーグに挑戦するほどの実績を残した経験豊富な、エリートのベテランピッチャー。

 それに対して、ドラフト7位で入団して、何とか9年目を迎えた僕。

 格では叶わない。

 

 僕はゆっくりと打席に入った。

 緊張はもちろんしている。

 プレッシャーも感じている。

 でも何でだろう。

 打てる気しかしないのだ


 初球。

 外角低目へのチェンジアップ。

 僕は見逃したが、見事にストライクゾーンギリギリに決まった。

 ストライクワン。

 

 2球目。

 今度は内角へのツーシーム。

 厳しい球だ。

 これも見逃したが、ストライク。

 ノーボール、ツーストライク。

 追い込まれた。


 僕はそこで一度バッターボックスを外した。

 そして大きく深呼吸した。

 大丈夫。

 僕は打てる。

 僕は打てる。

 僕は打てる。

 そして相手の守備体形をみた。

 やや前よりに来ている。


 そして3球目。

 外角へ低目へのスプリット。

 僕は見送った。

 城戸捕手はミットを構えたまま、少しも動かさない。

 だが球審の手は上がらなかった。


 4球目。

 外角へのカットボールか。

 僕は何とかバットに当てた。


 5球目。

 内角高目へのストレート。

 仰け反って避けた。

 これでカウントはツーボール、ツーストライク。


 そして6球目。

 予想通り外角へのツーシーム。

 本当に辛うじてバットに当てた。

 高さといい、コースといい、速さといい、素晴らしい球だ。

 さすがは元大リーガー。


 今季は大リーガーから途中復帰ということもあり、登板間隔を開けて投げているが、本来なら先発ローテーションの中心となる投手である。


 ここで城戸捕手が一度、マウンドに向かった。

 この間は僕にとってもありがたい。

 そう言えば、今日の試合、結衣と翔斗、おまけに三田村とその妻、つまり妹も見に来るって言っていたな。

 僕は不謹慎にもぼんやりとそんな事を考えてしまった。

 

 城戸捕手が座り、番場投手はセットポジションに入った。

 僕はゆっくりとバットを構えた。

 恐らく次の球が勝負球になるだろう。

 

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