第478話 代打はまさかの…
泣いても笑ってもこの回で雌雄を決する。
延長12回表の札幌ホワイトベアーズの攻撃は、5番の下山選手からだ。
そして京阪ジャガーズはマウンドに、番場投手を送った。
今年32歳で、今季途中で大リーグから日本球界に復帰してきた投手だ。
大リーグでは厚い壁に跳ね返されたが、日本に帰ってきてからはここまで先発を中心に4勝0敗、防御率1.56。
最後にこんな投手を残していたのは、さすがは層の厚い京阪ジャガーズだ。
番場投手は150km/h台のストレートに加え、ツーシーム、カットボール、スライダー、スプリット、チェンジアップを操る。
つまり的を絞りづらい投手だ。
だがその番場投手から、この回先頭バッターの下山選手は、ファールでフルカウントまで粘り、そして8球目をフォアボールを選んだ。
そして札幌ホワイトベアーズは代走として、俊足の駒内選手を送った。
次は6番の湯川選手。
初めから送りバントの構えをしている。
そして初球。
何とバッティングに切り替えた。
バスターだ。
打球は一、二塁間に飛んでいる。
セカンドの浅井選手が必死に飛びついたが、打球はその先を抜けた。
駒内選手は二塁ストップ。
これでノーアウト一、二塁の大チャンスだ。
続くバッターは7番の西野選手。
足が速く、バントも上手い選手だ。
ここはランナーを二、三塁にしておきたい。
西野選手は当然、バントの構えをしている。
だが僕は目を疑った。
何とベンチのサインは、バスターエンドランだ。
僕はベンチの意図を察した。
この大一番、勝つチームは普段以上のプラスアルファの力を出せたチームだろう。
そしてそれは正攻法では手にできないのかもしれない。
悪魔との契約、というほどでもないが、思い切った作戦を取ることで流れを引き寄せようという意図かもしれない。
初球。
何と京阪ジャガーズの城戸捕手は立ち上がった。
西野選手は必死にボールに喰らいついたが、空振り。
スタートを切っていた二塁ランナーの駒内選手は、三塁でタッチアウトとなった。
一塁ランナーの湯川選手は二塁に進んだものの、これでワンアウト二塁。
思い切った作戦が完全に裏目に出た。
そして西野選手はファーストゴロに倒れ、ツーアウト二塁となった。
続くバッターは途中出場の上杉捕手。
守備の総合力では武田捕手の後塵を拝するが、バッティングは得意な選手だ。
もし上杉捕手が凡退したら、その瞬間、京阪ジャガーズの優勝が決まる。
とても緊張する場面だ。
だがそれは番場投手にとっても同じだ。
京阪ジャガーズの内野陣はマウンドに集まっているが、番場投手はしきりに汗を拭いている。
経験豊富な番場投手であっても、こんな大舞台はめったに無いのだろう。
上杉捕手への初球。
外角低目へのストレート。
外れてボール。
上杉捕手は冷静のように見える。
2球目。
内角膝下へのツーシーム。
これも見送ってボール。
上杉捕手は捕手とあって、良く相手が見えているようだ。
苦しいのはどちらも同じ。
そして3球目。
外角へのチェンジアップ。
これも外れた。
3球とも決して、はっきりとしたボールではない。
だが上杉捕手は良くボールが見えているようだ。
そして4球目。
今度は明らかなボール球だった。
カウントが不利になったので、歩かせて次の9番バッターと勝負するようだ。
えーと、次はピッチャーの打順だから代打か。
ベンチに残っているのは…。
「9番、稲本選手に替わりまして、代打、五香。背番号55」
そうか、こいつがいたか…。
五香選手は、つい先日2軍から昇格したばかりである。
この大事な場面で使ってくるとは…。
「五香」
僕はバッターボックスに向かおうとした、五香選手に声をかけた。
「俺に回してくれよ」
そう、次は僕の打順なのだ。
もし五香選手が出塁したら、ツーアウト満塁で僕に打順が回る。
五香選手は僕の方を振り向き、拳を挙げてみせた。
そう言えば高校時代、お前はあの大リーガーとなった、山崎から二本のホームランを打ったんだったな。
五香選手は、岡山ハイパーズで芽が出ず、戦力外になって、アメリカに渡り、マイナーリーグで苦労しながらも大リーグまでたどり着いた苦労人だ。
この大舞台。
きっとプレッシャーよりも、楽しむ事を考えているだろう。
きっと僕に打席を回してくれる。
僕はそれを確信して、ネクストバッターズサークルに入った。
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