第468話 ヒーローインタビュー16
「さて、今日のヒーローをお呼びします」
球場内の照明が落とされ、どうやら準備ができたようだ。
男性アナウンサーの声が球場内に響き渡る。
「まずは8回に逆転のきっかけとなる、プロ初打席初ヒットを放った、九条選手です」
大きな拍手の中、九条選手がベンチを飛び出した。
表情が強張っており、かなり緊張しているのが見て取れる。
ギクシャクした動きのまま、カラフルな光で彩られた花道を通り、お立ち台に上がっていった。
「続いては同じく8回に、同点タイムリーツーベースを打った、高橋選手です」
一際大きな拍手の中、僕もお立ち台に上がった。
見ると、九条選手は小刻みに震えている。
いいね、初々しくて。
「最後に8回裏、逆転のタイムリーヒットを打った、道岡選手です」
やはり大歓声を受け、道岡選手もお立ち台に上がってきた。
さすがベテラン、落ち着いている。
スポンサーとの記念写真の後、ヒーローインタビューが始まった。
(今日のスポンサーは保険会社であり、ヒーロー賞は食事券だった)
「まず最初に九条選手に、お話を伺います。
プロ初打席初ヒット、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
声が震えている。
「8回裏、1点ビハインドの場面。
プロ初出場が代打としての出場になりましたが、どんな事を考えて打席に向かったのですか?」
「は、はい。
とにかくバットを短く持って、粘れるだけ粘ろうと思っていました」
「その通りに粘りに粘って、9球目。
ピッチャー返しの打球が、センターに抜けていきました。
その瞬間はどう思いましたか?」
「む、無我夢中でしたので、あまり覚えていません。
でも一塁に到達して、実感が湧いてきました」
「一塁ベースに到達して、どんな事を思いましたか?」
「はい、これまでの野球人生。
決して順調なものでは無かったので、様々な思い出が走馬灯のように頭の中を巡りました。
今まで、僕を支えてきてくれた、すべての人に感謝したいと思います」
少し声が落ち着いてきた。
「プロ初ヒットのボールはもらいましたか?」
「はい、先程頂きました」
「このボールはどうしますか?」
「はい、妻に渡します」
へぇ、結婚していたのか。
つい先日まで育成選手だったので、きっと生活は楽では無かっただろう。
「そうですか、これからも活躍を期待しております。
プロ初打席初ヒットの九条選手でした」
一段と大きな拍手が球場内を包んだ。
こういう温かい雰囲気、僕は好きだ。
「次に8回裏、逆転のタイムリーヒットを打った道岡選手にお話をうかがいます」
え?、次は僕の番では…。
「高橋選手、何か言いたそうですが、何かありましたか?」
「あのー、次は僕の番では無いのでしょうか?」
「あ、忘れていました。
時間が押しているので…」
ヒドイ…。
球場内から大きな笑い声が上がった。
「それでは高橋選手。
何か、話したいことはありますか?
手短にお願いします」
「いえ、特に無いです」
「そうですか、同点タイムリーツーベースヒットの高橋選手でした。
大きな拍手をお願いします」
球場内から笑いと拍手が上がった。
「まあ、とは言え高橋選手からも、お話を伺っておきましょうか」
一応断っておくが、このアナウンサーとは普段から懇意にしているので、これは場を盛り上げるためのパフォーマンスである。
なのでSNS等で叩かないで下さい。
「高橋選手、九条選手が粘りに粘って出塁した後の打席だったので、プロの先輩として思うところはあったんじゃないでしょうか」
「はい、九条選手の頑張りに何とか答えたいと思っていました」
「そしてそのとおり、見事にライトに打ち返しましたね。
どんな事を考えて打席に入ったのですか?」
「はい、少なくとも九条選手を得点圏に送りたいと考え、右方向を意識していました」
「そのとおりにライト線への、素晴らしいバッティングでした。
そして九条選手の走塁も見事でしたね」
「はい、良く落ち着いて回り込んだと思います。
九条、ナイスラン」
僕は九条選手の方を向いて言った。
九条選手は照れたように、頭をかいていた。
「ありがとうございました。
同点タイムリーツーベースの高橋選手でした。
最後に逆転タイムリーヒットの道岡選手にお話を伺います。
ナイスバッティングでした」
「はい、ありがとうございます」
「同点に追いついた後、湯川選手へのフォアボールを挟んでの、ワンアウト一、二塁の場面。
どんな事を考えていましたか?」
「はい、最近あまり僕の活躍の場面が描かれていないので、気合が入っていました」
「札幌ホワイトベアーズの不動の3番打者として君臨しており、主人公のフロリダでの自主トレ(第71話)から登場しているのに、なかなか活躍する場面が描かれていませんよね」
「はい、それはずっと気になっていました。
これを期にもっと僕の活躍も描いて欲しいです」
「作者には伝えておきますね。
それはさておき、あの場面、どんな事を考えて打席に入りましたか?」
「はい、九条、高橋、湯川と繋いでくれたので、何としても逆転したいと思っていました」
「そのとおりの鮮やかなバッティングでしたね」
「はい、うまくバットが出ました。
飛んだコースも良かったです」
「途中経過によると、今日も京阪ジャガーズは優位に試合を進めているようです。
逆転優勝には負けられない試合が続くと思いますが、チームの主砲としての意気込みをお聞かせ願いますか?」
「はい、今シーズンはチームの戦力が充実していると思っていますので、一つ一つのプレーを大事にして、逆転優勝を成し遂げたいと思います」
「逆転優勝、期待しております。
勝ち越しとなるタイムリーヒットを放った道岡選手でした。
最後にファンの皆様に向け、御三方に一言ずつお願いします」
「これからもヒットを打てるよう、頑張りますので応援、よろしくお願いします」
「明日も勝ちます。応援よろしくお願いします」
「皆で日本シリーズに行きましょう。
応援よろしくお願いします」
三者三様の締めの言葉を言い、お立ち台を降りた。
そしてオープンカーに乗り込み、球場内を一周し、ファンの応援に応えた。
ふと見ると、九条選手は涙を浮かべていた。
きっとこんな日が来ることを夢見て、これまで努力を重ねてきたのだろう。
僕はこの後、九条選手を食事に誘おうかと思っていたが、今日はやめておくことにした。
きっと今日だけは奥さんと家族水入らずで過ごしたいだろうから。
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