第467話 鮮やかな逆転劇
これでワンアウト一塁。
プロの先輩として、九条選手の粘りを得点に結びつけたいところだ。
僕はベンチを見た。
送りバント、ヒットエンドラン、単独スチールも考えられる。
さてどうするのかな。
ベンチのサインは初球は「待て」。
ランナーは俊足の九条選手だし、バッターは球界を代表する曲者(作者注:自称)の高橋隆介。
相手バッテリーも、何かやってくると警戒しているのだろう。
初球。
外角低めへのストレート。
やっぱり一球、外してきた。
これでボールワン。
僕はベンチのサインを見た。
ほう、そう来ましたか。
2球目。
投げると同時に九条選手はスタートを切った。
投球はまたしても外角低めへのストレート。
凄く速い球だ。
だが今度はストライクゾーンに入りそうだ。
僕は右方向を意識して、うまくバットを合わせた。
我ながら技ありのバッティング。
打球はライナーとなり、ファーストの頭を越えて、ライト線沿いに飛んでいる。
頼む、フェアゾーンに落ちてくれ。
日頃の行いが良いせいか、打球はライト線上に落ちたようで、一塁塁審はフェアのジェスチャーをしている。
やったぜ、長打コースだ。
九条選手は二塁を蹴って、三塁に向かっている。
そして僕も打球の方向を見ながら、一塁を蹴って二塁に向かった。
すると九条選手が三塁を蹴って、ホームに向かおうとしているのが見え。
三塁コーチャーの澄川さんも手を回している。
おい、マジか。
高野選手はかなりの強肩だぞ。
壊れた信号機じゃあるまいし…。
ライトの高野選手が、打球に追いつき、バックホームした。
矢のような送球が来た。
まさにレーザービーム。
九条選手はレフト側から、回り込むように滑り込んだ。
どうだ。
タイミング的にはアウトに見える。
判定は?
「セーフ」
九条選手はうまく回り込んで、ホームベースに手でタッチしたようだ。
川崎ライツベンチは当然リクエストする。
リプレー映像が球場内の大型ビジョンに映し出されている。
横からの映像、上からの映像。
うん、セーフだね、これは。
僕は上からの映像を見て、それを確信した。
九条選手は滑り込みながら、キャッチャーのタッチを交わし、手でホームベースに触れていた。
暫くして審判団が出てきた。
判定はやはりセーフ。
同点タイムリーツーベースだ。
僕は二塁ベース上で、球場内の多くを占める札幌ホワイトベアーズファンからの心地よい歓声を感じていた。
これで2対2の同点に追いつき、ワンアウトランナー二塁である。
バッターは湯川選手。
フルカウントからフォアボールを選び、ランナー一、二塁となった。
そして3番はここ最近影の薄い道岡選手だったが、スミス投手のストレートをうまく右中間へ打ち返した。
僕はホームインし、これで逆転。
そして湯川選手も三塁に進んだ。
続くワンアウト一、三塁の場面で頼れる4番のダンカン選手がセンターへの大飛球を放ち、犠牲フライとなり、もう1点追加。
これでこの回3点目となり、スコアは4対2となった。
9回表は新藤投手がマウンドに上がり、危なげなく3人で抑えた。
今日の逆転勝利の立役者は、何と言っても九条選手だろう。
8回裏のワンアウトからのあの粘り。
プロ初打席でありながら、バットを短く持って、落ち着いて打席に入っていた。
恐らく九条選手に与られるチャンスはそれほど多くないだろう。
その少ないチャンスで結果を出したことは称賛に値する。
僕はベンチでそんな事を考えていた。
「というわけだ。
高橋、聞いていたか?」
広報の新川さんの声が耳に入った。
「はい?、何をですか?」
「ヒーローインタビューだよ」
「はぁ、今日は誰ですか?」
「やっぱり聞いていないじゃないか。
今日は九条とお前と道岡の3人だよ」
「だって僕はつい先日、第455話で受けたばかりじゃないですか。
作者もネタが無いって、言っていましたよ」
「知らねぇよ、そんな事。
俺だってチームの品格を保つために、お前をお立ち台に上げたくはねぇよ。
でも仕方ないだろ。
お前が同点タイムリーを打ちやがったんだから」
まるでタイムリーヒットを打ったことを咎められているように聞こえる。
まあ、お呼びとあれば仕方がない。
九条選手に見本を見せるためにも、一肌脱ぎますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます