第466話 粘りの先に
8回表も持田投手がマウンドに上がった。
ビハインドの展開とあって、札幌ホワイトベアーズの首脳陣はあまり投手を使いたくないだろうし、持田投手にとっては大きなアピールのチャンスである。
シーズンも終盤になり、札幌ホワイトベアーズの誇る救援陣KLDSの各投手も疲れが見えてきている。
こういう場面で好投すれば、本人はもとよりチームにとっても大きい。
この回も持田投手は粘りの投球を披露し、ワンアウトからランナーを二人出したものの、無失点に抑えた。
点差は1点であり、まだ攻撃は2イニングある。
稲本投手、そして替わった持田投手の好投に報いるためにも、試合をひっくり返したいところだ。
8回裏、川崎ライツのマウンドは、セットアッパーのスミス投手に替わった。
190cmを越える長身から、160km/h越えのエグいストレートをコンスタントに投げ込んでくる、右腕である。
この回の先頭バッターは、バッティングが得意な上杉捕手から。
しかしながら、スミス投手のストレートにバットをへし折られ、ピッチャーゴロに倒れた。
次は9番の持田投手の打順であり、当然代打が送られる。
ここは左の今泉選手かロイトン選手のどちらだろう。
そしてベンチを飛びだしたのは、そのどちらでもなく、何と九条選手だった。
26歳でのプロ初打席である。
九条選手はバットを強く握りしめ、バッターボックスに向かった。
「九条、楽しんでこい」
僕はネクストバッターズサークルに向かいながら、九条選手に声をかけた。
九条選手はバッターボックスに入る手前で一度立ち止まり、僕の方を向いて、握りこぶしで親指を立てて見せ、一瞬ニャッと笑った。
緊張しつつも、少しは余裕がありそうだ。
それなら大丈夫だ。
僕はそう思った。
長身のスミス投手に対峙すると、九条選手はより小さく見える。
恐らく身長差は30cmくらいあるのだろう。
あの小さな身体で、スミス投手のストレートを打ち返せるだろうか。
初球。
真ん中低目へのストレート。
九条選手はバットを握りこぶし2つ分くらい短く持っており、この球をカットした。
2球目。
内角へのストレート。
これもカットした。
うん、悪くない。
僕はそう思った。
なぜならばタイミングはあっているし、バットを短く持っている分、速い球にも対応できるだろう。
3球目は外角へのツーシーム。
バットを出しかけたが、九条選手は途中で止めた。
よしよし良く球も見えている。
これでワンボール、ツーストライク。
4球目。
内角低目へのストレート。
これもカットし、ファール。
カウントはワンボール、ツーストライクのまま。
5球目。
外角低めへのストレート。
これもうまくカットした。
いいぞ、今の球は見逃すとストライクの可能性がある。
6球目。
外角低めへ決まるチェンジアップ。
素晴らしいコントロールだ。
だがやや外れたか、ボール。
今のは手が出なかったのかもしれない。
そういう意味ではツキもある。
そしてスミス投手は首を傾げている。
まるで今のはストライクだろう、と言いたげだ。
7球目。
今度は内角低目へのストレート。
これもカット。
段々とスミス投手の表情が険しくなってきた。
いいぞ、その粘りだ。
8球目。
外角低めへのストレート。
バットがでかかったが、止まった。
だが投球のコースは良い。
球審は固まったようにじっとしている。
ストライクかボールか逡巡しているように見える。
だが手は上がらなかった。
これでフルカウント。
良く粘っている。
バットを短く持っている分、外角低めへ対応はちょっと厳しい。
バットが届かないことがあるのだ。
そして9球目。
ストレートが真ん中高目へ入った。
九条選手はこの球を狙いすましたように、コンパクトにピッチャー返しした。
スミス投手が咄嗟にグラブを出したが、打球はその先を抜けて、二遊間の丁度真ん中を抜けて、センターに到達した。
嬉しいプロ初打席、初ヒットである。
一塁ベース上で、九条選手は小さくだが、何度もガッツポーズしている。
26歳でのプロ初ヒット。
僕も自分ごとのように嬉しく感じた。
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