第462話 熱い場面

 バンク選手の二塁憤死により、何とか鈴鳴投手は5回を投げきることができた。

 5回を5安打、4フォアボール、4失点。

 鈴鳴投手のプロ初先発は、ほろ苦いものになった。


 もっともこの回に逆転すれば、勝ち投手の権利は得ることができる。

 5回裏は下位打線からの打順なので、かなり期待薄ではあるが…。


 この回の先頭バッターは、意外性の男、岡谷選手である。

 岡谷選手は得意なコースと苦手なコースが紙一重であり、ツボに嵌った時の長打力は光るものがある。

「カキーン」

 そう、こんな風に。


 打球は中間守備を敷いていたライトの頭を越えた。

 そして岡谷選手は俊足なので、一気に三塁を陥れた。

 ノーアウト三塁。

 追い上げの大チャンスだ。


 次のバッターは武田捕手である。

 バッティングはあまり得意では無いが、稀にヒットを打つこともある。

「カキーン」

 そうこんな風に。


 打った瞬間は、ショートゴロかと思ったが、打球の飛んだコースが良く、前進守備の間を抜け、ゴロでレフトに到達した。

 岡谷選手はホームインし、1点を返した。

 更にノーアウト一塁。

 チャンスは続く。


 次は鈴鳴投手の打順なので、代打として西野選手が送られた。

 西野選手は足が速く、バントも上手いので、ここはヒットエンドランも送りバントもどちらもあり得る。


 さあどうするか。

 僕はネクストバッターズサークルの中で、ベンチのサインを見た。

 サインはヒットエンドラン。

 イケイケやね。


「カキーン」

 西野選手の打球は、サードの横を抜け、三塁線上に転がっている。

 長打コースだ。


 スタートを切っていた武田捕手は三塁に進み、西野選手は二塁に到達した。

 ノーアウト二、三塁で、僕の打順だ。

 一打逆転だし、凡打でも三塁ランナーを返せば打点がつく。

 ダブルプレーのリスクも少ない。

 願ってもない「ごっちゃんです」の場面だ。


 僕は意気揚々と打席に向かった。

 見てろよ、鈴鳴。

 お前に勝ち投手を付けてやるからな。


 僕はバッターボックスで、バットを構えた。

「おい、聞こえないのか?

 一塁へ行け。申告敬遠だ」

 あー、やっぱりそうですか。

 世の中、そんなに甘くないですね。

 僕はトボトボと一塁に向かった。

 こんなに嬉しくないフォアボールも珍しいと思う。

 

 谷口、テメェこら絶対打てよ。

 例え同点になっても、ダブルプレー何か打った日には、逆さ吊りにして、市中引き回しにしてやるからな。

 僕は一塁ベース上で、谷口にテレパシーを送った。

 谷口にそれが通じたのかはわからないが、軽く僕の方に右手を上げたて見せた。


 京阪ジャガーズの内野陣は、マウンドに集まっている。

 宗投手としては、4回までは初回の谷口のまぐれホームラン以外はほぼ完璧に抑えていた。

 それが岡谷選手のスリーベースヒットから、風向きが変わったのだ。

 

 京阪ジャガーズベンチは続投を選択した。

 この回、連打を浴びているとは言え、宗投手の球威は衰えていない。

 ここは谷口から三振を取るか、ダブルプレーに打ち取りたいところだろう。


 京阪ジャガーズの内野の守備体型はダブルプレーシフト。

 願わくばホームでフォースアウトを取り、一塁転送したいところだろう。


 宗投手としては、ここは内野ゴロ狙いの低目勝負だろう。

 そして谷口ももちろん、それが頭に入っている。


 初球。

 外角低めへのスプリット。

 素晴らしい球だ。

 谷口は見送った。

 ストライクワン。


 うん、それで良い。

 僕は一塁ベース上で頷いた。

 今の球を無理に打てば、ファーストゴロで、ホームへ投げられるのがオチだ。


 2球目。

 またしても外角低めへのスプリット。

 谷口はじっと見逃した。

 これはわずかに外れて、ボール。


 3球目。

 真ん中低目へのストレート。

 これも見送ってボール。

 いいぞ、良く見逃した。

 昔の谷口なら確実に手を出していただろう。

 良く我慢した。


 そして4球目。

 外角低めへのツーシーム。

 これも見逃した。

 際どいが、ボール。

 スリーボール、ワンストライク。

 ランナー満塁だ。

 ボールはもう投げられない。

 バッター有利のカウントになった。


 あくまでも外角勝負か、それとも内角へ一球投げるか。

 熱い場面を迎えた。

 


 

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