第461話 やはり侮れない…
ここまで不安定な投球内容ではあるが、3回裏、鈴鳴投手に代打が出されなかったので、当然ここは続投である。
京阪ジャガーズの4回表の攻撃は、7番の天野選手から、つまり下位打線である。
そして鈴鳴投手は良い当たりは打たれたものの、飛んだ打球のコースも良く、この回をこの試合初めて、三者凡退に抑えた。
「お疲れさん」
ベンチに戻ってきた鈴鳴投手に僕は声をかけた。
「高橋さん、好守備ありがとうございました」
「何のあれしき。
幾らでもショートに打たせて良いからな。
捕れる打球は、全部捕ってやる」
「当たり前だろう。
捕れる打球を捕らなかったら、それは八百長だ。
捕れない打球をとってこそ、プロだろう」
また谷口が口を挟んできた。
「うるせぇな、あくまでも例えの話だ。
じゃあ今度、ショートとレフトの真ん中に飛んできたら、お前全部捕れよ」
「それを捕ってこそ、名手と呼ばれるんだろう。
そういうのはお前に任せた。
頼むぜ、名手、高橋隆介」
これを読んでいる方も、鈴鳴投手も、僕と谷口は仲が悪いと思うかもしれない。
そのとおりです。
とても仲は悪いのです。
ただドラフト同期であり、なぜか行動を共にすることが多いのだ。
(札幌ホワイトベアーズへの入団も僕の方が早かった)
まあ腐れ縁というヤツだろう。
4回裏は先頭の道岡選手が、ツーベースヒットで出塁したが、後続が凡退し、無得点に終わった。
そして5回表、鈴鳴投手としてはプロ初勝利をかけた重要なマウンドになる。
京阪ジャガーズ打線は、一番からの好打順。
3回り目になるので、鈴鳴投手の球筋にも慣れているだろう。
果たして、ここを乗り切ることができるか。
1番の中道選手の打球は、レフトの頭上を襲ったが、谷口が背走して、危なっかしくも捕球した。
続く2番の木崎選手は、初球を意表をつくセーフティバント。
ピッチャーのやや左に転がり、鈴鳴投手は懸命に拾い上げて、一塁に送球したが、セーフ。
今のは素晴らしいバントだった。
そして3番の弓田選手の当たりは一瞬ヒヤッとしたものの、センターの下山選手の守備範囲内だった。
先発投手の責任投球回である、5回を投げきるまで、あと1人。
ツーアウト一塁で迎えるバッターは、リーグを代表する強打者、4番の下條選手だ。
打席に立った下條選手は威圧感が凄い。
どこに投げても打たれそうに思える。
そして鈴鳴投手もそれに臆したか、一球もストライクが入らず、ストレートのフォアボールを与えてしまった。
と言っても、4球目全て、ストライクゾーンギリギリを攻めていた。
だがわずかに外れてしまうのだ。
少しでも甘く入ると、スタンドまで持っていかれる。
下條選手からはそんな雰囲気を感じる。
これでツーアウト一、二塁。
僕らはマウンドに集まった。
ここで迎えるバッターは、外国人のバンク選手である。
ここまで打率.230、ホームラン8本とそれほど大きな活躍はしておらず、下條選手と比べると、遥かに組みやすい。
「今のは逃げたわけではないので、仕方がない。
次のバンクは内角に大きな弱点がある。
そこをつこう」
武田捕手が、ミットで口元を隠しながら言った。
鈴鳴投手の持ち球にはシュートがあり、右バッターのバンク選手に対しては、右対右ということもあり、大きな威力を発揮するはずだ。
「はい、わかりました」
鈴鳴投手は頷いた。
「よしバックも頼むぞ」
「おうっ」
武田の掛け声に応え、僕らはそれぞれのポジションに散った。
次の回は7番の岡谷選手からの打順なので、9番の鈴鳴投手に打順が回る。
つまりそこで代打を出されるだろう。
よって泣いても笑っても、鈴鳴投手はこの回限りである。
バンク選手への初球。
内角へのシュート。
バンク選手は仰け反ったが、判定はストライク。
やはり内角攻めが有効のようだ。
2球目。
外角へのスプリット。
ボール気味に見えたが、バットが出て空振り。
2球で追い込んだ。
そして3球目。
決め球のストライクゾーンからボールゾーンへ落ちるスプリット。
コースも内角で素晴らしい球だ。
これで三振…、と思った瞬間、快音が響き渡った。
何とバンク選手はこの球を捉えたのだ。
打球はライナーでレフトに飛んでいる。
そしてバックホーム体勢のため、やや前寄りに守っていた谷口の頭を越え、ワンバウンドでフェンスにぶつかった。
ツーアウトなので、打った瞬間、ランナーはスタートを切っている。
二塁ランナー、一塁ランナーと順にホームインし、4対2となった。
そして打ったバンク選手も二塁に向かっている。
しかしクッションボールをうまく処理した谷口がセカンドに、ストライク送球した。
「アウト」
これでこの回、何とか2点で収まった。
鈴鳴投手はマウンド上で、呆然としていたが、道岡選手に声をかけられて我に返り、ベンチに戻っていった。
バンク選手も良く打ったものだ。
やはり侮れない。
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