第454話 不肖ながら…

 仙台ブルーリーブスの内野陣はマウンドに集まり、ピッチングコーチもベンチから出てきた。

 デッドボール1つとヒット2本。

 ここまでグリーン投手はワンアウトも取れていない。

 しかもノーアウト一、三塁、一打サヨナラの場面だ。


 交代か続投か。

 下山選手は速球に強い。

 仙台ブルーリーブスベンチとしても、判断が難しい場面だろう。


 稲城監督がベンチから出てきて、ピッチャーの交代を告げた。

 今日のグリーン投手に対し、札幌ホワイトベアーズ打線がタイミングがあっているという判断だろう。


 マウンドには右腕の秋波投手が上がった。

 ベテランで技巧派の中継ぎエースだ。

 ストレートは最速140km/hそこそこだが、チェンジアップ、ツーシーム等の変化球を駆使して、打者を打ち取る。

 ここは下山選手を歩かせて、満塁策を取ることもありうる。

 勝負するにしても、ストライクゾーンギリギリを攻めてくるはずだ。


 そして際どいコースのボールが3球続いたが、カウントはワンボール、ツーストライクとなった。

 秋波投手もさすがだと思う。

 3球ともストライクゾーンギリギリをを微かに掠めるか、掠めないかくらいの絶妙なコントロールだった。


 コースだけでなく、高さも下山選手の苦手なところにピンポイントで投げている。

 下山選手は3球とも、恐らく手が出なかったのだろう。


 そして勝負の4球目。

 外角へのチェンジアップ。

 下山選手は体勢を崩しながら、辛うじてバットに当てた。


 これが下山選手の凄いところである。

 チャンスの場面での集中力。

 これを全打席維持できれば、首位打者も夢じゃないと言われているが…。

 

 そして5球目。

 内角低目へのストレート。

 膝付近への厳しい球だ。

 これもカット。

 カウントはワンボール、ツーストライクのまま。


 もし下山選手が凡退すれば、ワンアウト一、三塁となり、次のロイトン選手がダブルプレーになれば、攻撃終了である。

 流れがこっちにあるうちに、試合を決めて欲しい。

 

 そしてもし下山選手が決めれば、今日2打点となり、それは僕のチャンスメークの賜である。

 つまり高級焼肉をご馳走してもらえる…はずだ。


 先日、後輩4人を食事に連れて行ったら、軽く10万円を越えてしまい、懐も寒いので、何とかお願いします。


 そして運命の6球目。

 外角低めへのツーシーム。

 先程の内角攻めが効いており、踏み込むのは勇気がいるだろう。

 もし腰が引けて、当てただけのバッティングなら、ファーストが前進守備を敷いているので、バックホームされる。


 しかしそこは下山選手。

 しっかり踏み込んで、ライト方向に打ち返した。

 打球は前進守備のファーストの頭を越え、ライト前に弾んでいる。

 サヨナラ勝利だ。


 道岡選手がホームインし、チームメイトはベンチを飛びだし、下山選手のところに駆け寄り、手荒い祝福をした。

 やっきにく、やっきにく。

 僕は頭の中でそんな単語を反芻しながら、その輪に加わった。


 「どこへ行くんだ?」

 今日のヒーローインタビューは、下山選手だろう。

 そう考えて、ロッカールームに下がろうとしたら、広報の新川さんに

声をかけられた。

「あ、新川さん。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした、じゃないだろ。

 早く用意しろ。ちゃんと考えてから喋れよ。

 ただでさえ、ネットで高橋隆介語録、というサイトができているんだから。

 お前の発言がチームの品格を左右することを自覚しろ」

 あ、そうか。

 ホームゲームなので、ヒーローは1人とは限らない。

 確かに同点に追いついたのは、僕のタイムリーヒットだ。

 ご指名とあらば、仕方がない。

 不肖ながら、高橋隆介。

 ヒーローインタビューを受けさせて頂きます。 

 

 

 

 

 

  


 


  

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る