第453話 四番打者の仕事
8回裏の攻撃は三者凡退に終わり、9回裏は谷口からの打順だ。
その前にまず9回表の守備。
9回表は負けているとは言え、1点差なので、新藤投手がマウンドに上がった。
ツーアウトから強い当たりのショートゴロが飛んできたが、落ち着いて捌き、難なくこの回を終えた。
「谷口、死んでも塁に出ろよ」
僕はベンチに戻りながら、谷口に言った。
「しょうがねぇな。
できるだけの事はしてやる。
塁に出たら、今日の夕飯、お前持ちだぜ」
「わかった、任せとけ」
そう言えば、下山選手がチャンスで回したら、牛肉を御馳走してくれると言っていたな。
でも逆転されたから、チャラかな…。
仙台ブルーリーブスの抑えは、来日2年目のグリーン投手である。
160km/h近くのストレートと、スプリット、ツーシーム、カットボールが主体の難敵である。
少なくとも僕の苦手なタイプだ。
この回先頭の谷口は、何とデッドボールで塁に出た。
初球、カットボールがすっぽ抜けて、谷口の肩に当たったのだ。
谷口が一塁ベース上から、僕の方を見て、寿司を握るポーズをしている。
僕は視界から外した。
結果オーライであり、お前が打ったわけじゃないので、ノーカウントだ。
これでノーアウト一塁。
次のバッターは頼りになる道岡選手だ。
そしてツーボール、ワンストライクからの4球目を見事にレフト線際に落とした。
谷口は三塁まで進み、道岡選手も二塁に到達した。
ノーアウト二、三塁のチャンスである。
やはり四番の前にチャンスってやってくるんだな。
そんな事を思いながら、バッターボックスに向った。
僕はベンチを見た。
ここは代打の可能生がある。
まだベンチには、代打の切り札、今泉選手が残っている。
だがここは是非、僕に打たせて欲しい。
麻生バッティングコーチと目が合った。
頷いている。
ここはお前に任せた、ということだろう。
僕も頷き、バッターボックスに向かった。
ノーアウト二、三塁なので、ここは敬遠かもしれない。
ノーアウト満塁は意外と点が入らないと言われている。
しかし次の打者は勝負強い下山選手だ。
僕と勝負するか、下山選手と勝負するか。
仙台ブルーリーブスバッテリーは僕との勝負を選んだようだ。
僕でワンアウトを取って、下山選手を敬遠するという手もある。
ちなみに僕は昨年、グリーン投手からツーベースヒットを放っており、その後、下山選手がサヨナラヒットを打ったという試合もあった。(第308話)
ただその後の対戦では、僕はグリーン投手に完璧に抑え込まれている。
追い込まれると、160km/hのストレートを捉えるのは困難である。
早いカウントで勝負したいところである。
以前ヒットを打った時も、初球狙いだった。
初球。
外角低めへのストレート。
遠くに見えたので、見逃したがストライク。
やはり速い。
2球目。
真ん中高目へのストレート。
空振りした。
うーん、追い込まれた。
3球目。
内角低めへのストレート。
少し仰け反って避けた。
これはボール。
あくまでも僕に対してはストレート勝負のようだ。
速球には比較的苦手というデータがあるのだろう。
4球目。
外角低めへのストレート。
これは見極めた。
ボール。
ツーボール、ツーストライクとなった。
ここまでストレート4球連続。
この辺で一球、チェンジアップかカットボールがあるかもしれない。
それともあくまでもストレートで来るか。
僕は一度、打席を外した。
どっちかに的を絞らないと打てない。
前にヒット打ったのはツーシームだった。
もしそれが相手バッテリーの頭にあると、その球は避けてくるだろう。
僕はストレートに的を絞った。
5球目。
真ん中高目へのストレート。
空振り三振狙いだろう。
浮き上がってくるように見える。
僕は上から叩くことを意識して、振り抜いた。
カキーン。
快音を残して打球は、センターに飛んでいる。
打球はセンター前に跳ねた。
三塁ランナーの谷口は悠々ホームイン。
これで2対2の同点。
だがセカンドランナーの道岡さんは三塁ストップ。
ちょっと当たりが良すぎたか。
でも我ながら良いバッティングだった。
糸を引くようなライナーでのセンター前ヒット。
会心の当たりだった。
僕は一塁ベース上で、四番打者としての重責を果たせた事に安堵していた。
次はノーアウト一、三塁のチャンスで5番の下山選手。
あとは頼みましたよ。
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