第452話 ジョーズの牙も…

 4回裏、ワンアウト三塁。

 下山選手にとっては、「ごっちゃんです」の場面だ。


 下山選手はいつも得点圏打率がシーズン通算打率を上回っている。

 ランナーがいない場面で、決して手を抜いているわけでは無いだろうが、結果としてそうなっている。


 そしてこの打席もきっちりと犠牲フライを放った。

 相手の松島投手も、ここは外野フライを打たせないために、徹底して低め勝負だったが、下山選手の技術が上回った。

 

 これで1点を先制した。

 今日の青村投手の出来を考えると、この1点は大きいだろう。


 そして試合はそのまま7回表を迎えた。

(僕の第3打席目は、6回裏に回ってきたが、ショートゴロだった)

 点差は1点であり、ベンチの采配としても難しい場面だ。

 ここまで6回を2安打無失点に抑えている青村投手を続投させるか、KLDSに託すか。


 ベンチは継投を選択した。

 7回表は鬼頭投手に託し、鬼頭投手はヒットを1本打たれたものの、無失点で切り抜けた。


 その裏の攻撃は無得点に終わり、8回表のマウンドにはベテランの大東投手が上がった。

 ルーカス投手は、先日のオールスターで投げたので、今日は温存するようだ。


 だが大東投手は今日は制球が定まらない。

 ベテランと言えど、こういう日もあるのだ。

 ワンアウトを取った後、フォアボールを1つ与えてしまった。


 ここで迎えるバッターは、強打者の深町選手。

 ベテラン対ベテランの勝負だ。


 そしてここは大東投手が投げ勝ち、ショートゴロに打ち取った。

 よしダブルプレーコースだ。


 僕は打球を確実に捕球しようとした。

 その時、一塁ランナーの動きを気にして、一瞬目を切ってしまった。

 更に運が悪いことに、打球がイレギュラーバウンドし、慌ててグラブを出したものの、前に弾いてしまった。


 慌てて二塁に送球したが、セーフ。

 そして一塁も間に合わず。

 ワンアウト一、二塁としてしまった。

 

 僕ら内野陣はマウンドに集まった。

「すみません」

 僕は詫びた。

「まあ今のは仕方がないさ。

 ジョーズの牙も折れる事がある。

 次は頼むぞ」

 大東投手に励ましてもらった。

 ところでジョーズの何とかという慣用句があるのか?

 どういう意味だろう。

 後でググってみよう。


 僕ら内野陣はダブルプレーシフトを敷いた。

 今度は弾かないぞ。

 僕はグラブの腹を叩き、気合を入れて中腰になった。


 プロで9年もやっていると、野球にはエラーがつきものだと思っている。

 エラーを恐れては、思い切った良いプレーなど出来ないし、そんな消極的なプレーでは仮にエラーをしなくてもお客さんを楽しませることはできないだろう。


 さあ取り返してやる。

 こっちに打ってこい。


 続く5番のビュフォード選手の打球は、セカンドの後方にフラフラと上がった。

 完全に打ち取った打球だ。

 セカンドの湯川選手が懸命に追っている。

 そしてライトの岡谷選手も突っ込んで来ている。


 だが打球は無情にもそのちょうど真ん中に落ちた。

 これでワンアウト満塁。

 ピンチ拡大。


 武田捕手がマウンドに行き、何かを話している。

 もっとも大東投手は百戦錬磨。

 このようなピンチは数多く経験している。


 そして仙台ブルーリーブスの6番はかって打点王を獲得したこともある、平選手。

 初球をピッチャー返し。

 大東投手の足元を抜け、僕も横っ跳びをで飛びついたが、その先を抜けていった。


 センター前ヒットとなり、走者が二人ホームインした。

 これで2対1と逆転されてしまった。

 大東投手は後続は打ち取ったが、終盤に手痛い逆転を喫してしまった。

 そしてその最大の要因は、僕のエラーである。


「すみませんでした」

 僕はベンチに戻るなり、大東投手と青村投手に詫びた。

「なーに、気にするな。

 そういう時もある」

「そうだ。第一、お前にはもう一度打席が回ってくるだろう。

 頼むぞ、四番」


 お詫びをしたつもりが、逆に励まされてしまった。

 そうだ。

 少なくとも9回にもう一度、打席が回ってくる。

 挽回のチャンスはまだあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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