第451話 四番打者と言えど…

 ここで迎えるバッターは、チーム随一の勝負強さを誇る、下山選手だ。

 ランナーがいる時といない時では明らかにバッティングが違う。


 決してランナーがいない時に、手を抜いているわけではないだろうが、やはり気合の入り方が違うのだろう。


 僕はベンチのサインを見た。

 サインは「走れるなら、走っても良いけど、自己責任だからな。

 失敗したら承知しないぞ」というものだった。

 グリーンライトに似たサインだが、失敗した時のベンチの対応が異なる。


 初球を投げる前に、牽制球が3球連続で来た。

 相手バッテリーとしては、ここはディレィドスチールを恐れている。

 つまり僕がスタートして、一、二塁間に挟まれている間に、三塁ランナーの道岡選手がホームに突っ込むというものだ。


 確かにここはそういう作戦もある。

 しかし札幌ホワイトベアーズのベンチは、動かない。

 まだ初回だし、下山選手の打棒に期待ということだろう。


 初球。

 一球外してきた。

 やはりディレィドスチールを警戒しているのだろう。

 ボールワン。


 2球目。

 外角へのストレート。

 下山選手は見送ったが、ストライク。

 松島投手のこの辺りのコントロールはさすがだ。


 3球目。

 内角膝下へのチェンジアップ。

 一歩間違えれば、危険な球だが良いところに決まった。

 下山選手は手が出なかった。

 少し悔しそうな顔をしている。

 これでワンボール、ツーストライクと追い込まれた。


 そして4球目。

 決め球のスクリューボール。

 下山選手は空振りしてしまった。

 うーん、やはり良いピッチャーだ。

 打てそうで打てない。


 2回表も青村投手の投球術は冴え、三者凡退に抑えた。

 青村投手が投げると、テンポが良いのでとても守りやすい。


 無駄な四球は無いし、例えランナーを出しても青村投手は全く慌てない。

 要は0点で抑えれば良いんだろう、という感じで淡々と厳しいコースに投げ込む。

 相手打者もその雰囲気に飲まれてしまうのだろう。


 2回裏の攻撃も三者凡退に終わり、3回表裏の両チームの攻撃もそれぞれ3人で終わった。

 良い投手の投げ合いになると、試合が進むのも早い。

 3回裏を終えた時点で、試合開始から41分しか経っていなかった。


 ここまで両チーム合せて、1安打しか出ていない。

 その1安打を打ったのは、札幌ホワイトベアーズの頼れる4番打者だ。


 4回表は、仙台ブルーリーブスに二本のヒットを打たれたものの、ショートで4番の好プレーもあり、無失点に抑えた。


 4回裏の攻撃は、3番の道岡選手からだ。

 ということは4番の僕に打順が回る。

 

「高橋、チャンスで俺に回してくれ。次は必ず打つ」

 ネクストバッターズサークルに向かおうとしたら、下山選手に声をかけられた。

 

「今日は僕は、焼き肉の気分です」

「わかった。

 俺が打点を上げることができれば、好きなだけ牛…を食わしてやる」

 …の部分は良く聞こえなかった。

 多分、「肉」と言ったのだろう。


「はい、わかりました。任せて下さい」

 僕は気合を入れて、バットを握りしめた。

 頼むぞ、バット君。

 この打席も打たせてね。


 道岡選手はフルカウントまで粘った後、見事にレフト線にツーベースヒットを放った。

 粘ってから、ヒットを放つ。

 これは相手ピッチャーへのダメージは大きいだろう。

 しかもこの試合初めてのノーアウトのランナーだ。


 僕にとっては打席に立つ前に、下山選手との約束を果たした事になる。

 ランナー一塁ならダブルプレーの危険があるが、この場面ではその確率は低い。

(ライナーでのダブルプレーくらいか)


 僕はバッターボックスに入る前にベンチのサインを見た。

 やっぱりね。

 そうだろね。


 サインは送りバント。

 バントの出来る四番打者というのも斬新かもしれない。


 松島投手のボールは、球速がそれほどでも無い分、バントはしやすい。

 僕は初球を見事に一塁側に転がし、送りバントを成功させた。

 これで役割は果たした。

「後は頼みましたよ」

 僕はベンチに戻りながら、打席に向かう下山選手の背中に、そう語りかけた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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