第444話 大歩危小歩危

 8回表の札幌ホワイトベアーズの攻撃は、4番のダンカン選手、谷口、岡谷選手と続く。

 もしこの回ヒットを打てないと、いよいよパーフェクトが現実のものとなってしまう。

 この3人の中で一番期待できるのは岡谷選手か。

 好不調の波が激しいが、足が速いので転がせば何かあるかも。


 マウンドには引き続き岡本投手が上がった。

 高卒プロ2年目で、パーフェクトをやろうとしている。

 末恐ろしい投手になりそうだ。


 4番のダンカン、5番の谷口と岡本投手のスプリットの前に連続三振に倒れた。

 そしてツーアウトから岡谷選手がバッターボックスに向かった。


 初球。

 岡谷選手はバットを横にした。

 セーフティバントだ。


 だが打球はピッチャー前に転がり、岡本投手は拾い上げて一塁に送球した。

「アウト」

 うーん、この回もダメか…。

 いよいよパーフェクトが現実味を増してきた。

 ヤバイよヤバイよ。

  

 8回裏のマウンドにもバーリン投手が上がった。

 ベンチは交代を打診したが、本人が続投を志願した。

 

 8回表の攻撃中、矢作ピッチングコーチ、バーリン投手、通訳、そして上杉捕手の4人でずっと何かを話していたが、バーリン投手の意志は硬いみたいだ。

 もちろんチームとしては、最近多投気味の中継ぎ陣を使わないで済むのは、助かるだろう。


 8回裏、バーリン投手は気合がこもった投球を披露した。

 ここまで120球近く投げ、疲れているはずなのに、その球威は衰えを見せなかった。

 そして三者凡退に抑えた。

 8回を無安打、フォアボール2つ、1失点、自責点0。

 見事なピッチングだった。


 それなのに勝ちをつけてあげられないのは申し訳ない。

 札幌ホワイトベアーズの誰もがそう思っているはずだ。


 9回表、岡本投手がマウンドに上がった。

 もちろん緊張しているのだろうが、そんな素振りは見せず、ふてぶてしいという表現が適切かもしれない。

 高校球児がそのままマウンドに上がったような、まだニキビの跡が残るあどけない顔をしている。


 身長は175cmくらいとプロとしてはそれ程高い方ではないが、ガッシリとした体格から投げ込む球は、手元で伸び、スピードガン表示以上に速く感じる。

(それでも150km/h以上はでているが…)


 札幌ホワイトベアーズはこの回は代打攻勢に出る。

 最初は光村選手に替わって、ロイトン選手。

 光村選手としては、初回のエラーを取り戻したかっただろうが、ここは仕方がない。


 ロイトン選手はフルカウントまで粘ったが、外角低めへのスプリットを見逃し、三振に倒れた。

 うーん、あそこに決められると打つのは難しい。


 次はキャッチャー、上杉捕手に替わり、湯川選手が代打に告げられた。

 上杉捕手はバッティングは得意だが、ここは俊足の湯川選手に出塁を託したのだろう。


 そしてまたしてもフルカウントとなり、6球目。

 内角膝下に素晴らしいスプリットが決まった。

 湯川選手は手が出なかった。


 だが球審の手は上がらない。

 岡本投手は思わず天を仰ぎ、球場内を大きなブーイングが包んだ。

 パーフェクトならず。


 だが9回ワンアウトまで、パーフェクトを継続したことは素晴らしいし、まだノーヒットノーランは残っている。

 岡山ハイパーズの内野陣が、マウンドに集まった。


 岡本投手は、キャッチャーと話しながら、笑みを浮かべている。

 その所作はとても高卒2年目とは思えない。

 僕の2年目なんて、二軍ですら打率1割台(最終打率.140)で、一軍はおろか二軍でもレギュラーを獲得していなかった。

 そう考えると、憎らしいほど落ち着いている。


 輪がほどけ、岡山ハイパーズ内野陣は定位置に戻った。

 岡本投手は吹っ切れたような表情をしている。


 バッターボックスには、9番ピッチャーのバーリン投手に代わり、左の代打の切り札、今泉選手が入った。

 大詰めでのこの落ち着きは、さすがベテランだ。


 一塁ランナーの湯川選手は俊足だが、ここはどうするだろうか。

 今泉選手としては、集中するためにはあまりランナーを動かして欲しくないかもしれない。

 ベンチとしても、判断が難しい場面だ。

 

「オホン」

 後ろから咳払いが聞こえた。

 うるさいな、良いところなのに。

 そう思って振り向くと、麻生バッティングコーチだった。

 

「高橋、今泉の打順は何番だ?」

 こんな大事なところで何、くだらない事を聞いているんだ。

 試合に集中するべきではないだろうか。

 

「えーと、9番ですね」

「そうだよな。

 俺の記憶が確かなら、9番の次は1番だと思うが…」

「そりゃ、そうですよ」

 何を言っているんだ、この人は。

 この大事な局面で。

 

「なあ、一つ聞いても良いか?」

「はぁ…」

「次の打順は誰だっけ?」

「あっ」

「早くネクストバッターズサークルに行け、この大ボケ野郎」

 僕は慌ててヘルメットを被り、グラウンドを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る