第445話 頑張れ、モブキャラ
「9回裏、ワンアウト一塁。
一塁ランナーは俊足の湯川選手。
そしてバッターボックスには左の代打の切り札、今泉選手。
点差は1対0と岡山ハイパーズがリード。
そして岡本投手はここまでノーヒットノーランを継続中です。
札幌ホワイトベアーズとしては、次に控える、チーム唯一の3割バッターで、イケメン、俊足、そしてチーム屈指の人気を誇る、背番号58のクラッチヒッター、高橋隆介選手の前に、ランナーをスコアリングポジションに進めて、繋ぎたいところです」
僕は久しぶりに、恐らくラジオで流れているであろう、いや、流れているに違いない、野球中継を脳内再生していた。
今日の1失点は僕のエラーから始まった。
ここは何とか取り返したい。
特にバーリン投手はここまでノーヒットに抑えている。
これで負けをつけてしまっては、野手陣の立つ瀬がない。
お願いします、今泉さん。
できればスリーベースヒットを打って同点にして、ワンアウト三塁の楽な場面で打席に入らせて下さい。
岡本投手は今泉選手には、相当投げにくそうだ。
恐らくベテランが醸し出すオーラ、そして鋭い目付きにやや飲まれているのだろう。
カウントはスリーボール、ワンストライクとなった。
ノーヒットノーランまであとツーアウト。
もし今泉選手からダブルプレーを取れば、その瞬間達成だ。
そして運命の5球目。
スプリットが甘く入った。
今泉選手がその球を逃すわけはない。
思い切り引っ張った打球は、ファーストの頭を越え、ライト前に落ちた。
球場全体から、岡山ハイパーズファンの悲鳴が上がった。
湯川選手は二塁を蹴って、三塁に向かう。
そしてライトの高輪選手はバックホームし、その間に今泉選手は二塁に到達した。
さすがだ。
岡本投手のノーヒットノーランの夢を打ち砕く、ライトへのヒット。
この打席は今泉選手の気迫が勝ったのだろう。
今泉選手はあたかも打って当然、というように無表情のまま、代走の野中選手と代わった。
これでワンアウト二、三塁。
一気に逆転のチャンス。
そしてここで迎えるバッターは、もちろん…。
はい、申告敬遠。
ですよね。
この場面で僕か五香選手を比べたら、誰もが五香選手との対戦を選ぶだろう。
満塁の方が守りやすいし。
僕はダッシュで一塁に向かった。
ワンアウト満塁でバッターは、五香選手。
塁上のランナーは、全員俊足なので、転がせば何かあるかもしれない。
そして岡山ハイパーズは、岡本投手に代わり、抑えの木地投手がマウンドに上がった。
岡本投手はうなだれながら、マウンドを降りたが、球場内の大勢を占める岡山ハイパーズファンから、温かい拍手が起こった。
最後にピンチを背負ったとは言え、8回ワンアウトを1安打。
末恐ろしいピッチャーだ。
ワンアウト満塁。
こんな良い場面で五香選手の打順を迎えるなんて、作者すら予想していなかったらしい。
行き当たりばったり話を考えていると、たまにこういう事がある。
五香選手はネクストバッターズサークルから、ベンチの様子を伺っている。
代打を出されると思ったのかもしれない。
だが札幌ホワイトベアーズベンチは動かない。
ここは五香選手に任せるようだ。
五香選手はゆっくりと屈伸し、3回ほど素振りをした後、バッターボックスに入った。
バットを構えている細身の185cmの長身を見ていると、高校時代のあの試合を思い出す。(第1話)
向かうところ敵無しで、不遜な態度を取ることが多かった、山崎からの二本のホームラン。
余程悔しかったのか、あの日以来、山崎の野球に取り組む態度が明らかに変わった。
あの試合があったから、今の山崎があると僕は思っている。
もし五香選手がいなければ、恐らく自分の才能に胡座をかいていた山崎は、その才能を伸ばせないまま終わっていたかもしれない。
五香選手の構えは、あの頃からは少し変わっているが、打ちそうな雰囲気は変わらない。
是非ここで一本出して、モブキャラから脱して欲しい。
僕はそんなことを考えながら、バッターボックスの五香選手を見ていた。
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