第434話 いざコンプライアンス窓口へ

 1回裏のマウンドには、愛すべきモブキャラの五香投手が上がった。

 投手としては剛腕という程でもなく、打者としても特に長打力が秀でてたり、俊足なわけでもない五香投手は作者だけでなく、首脳陣としても扱いが難しい選手のようだ。

 投打とも一定の水準には達しているが、プロとしては一芸に秀でている方が使い勝手が良い。

 帯に短し、たすきに長しといったところか。


 とは言え、投手としてはスライダー、チェンジアップ、ツーシーム、フォークを投げ分け、5回2〜3失点くらいにはいつもまとめるので、先発としては悪くない。

 イニングイーターとして、ローテーションの谷間を埋めたり、点差が開いた試合で投げるのが、五香投手の最近の立ち位置となっている。


 1回裏、京阪ジャガーズの先頭打者の中道選手にいきなりソロホームランを食らった。

 両チームが先頭打者ホームランを打ったことって、過去にあったのだろうか?

(過去に15回くらいあるようですね。結構多いですね。作者より)


 五香投手は続く、浅井選手にも良い当たりを打たれたが、セカンドの好守(ここ大事)により、事なきを得た。

 そして五香投手は3番弓田選手、4番下條選手から連続三振を奪い、この回は1失点で終えた。


 初回は2対1と点を取り合い、2回を迎えた。

 2回表の札幌ホワイトベアーズの攻撃は無得点に終わり、その裏、五香投手は連打で1点を失ってしまった。

 2回を終えて、2対2の同点。

 序盤から点の取り合いになった。


 3回表。

 9番の五香投手からの打順である。

 二刀流をやっているだけあって、五香投手はもちろんバッティングは良い。

 だが、この打席は加藤投手の前に三振に倒れた。


 うーん、流れが悪いね。

 ここは同学年の僕が流れを取り戻して上げましょう。

 打席に向かおうとすると、麻生バッティングコーチに呼び止められた。


「いいか、さっきはたまたま振ったバットに、偶然にボールが当たって、運良くホームランになったからと言って、簡単に打ち上げるなよ。 さて、お前の役割は?」

「はい、できるだけ粘って、あわよくば塁に出ることです」

 

「違うだろ。前にも言ったよな」

「はい、間違えました。

 できるだけ粘って、なるべく塁に出ることです」

「だから違うだろ。

 お前の役割は最低でも10球は粘って、死んでも塁に出ることだ」

 

 はい出ました。

 絵に書いたような、典型的なパワハラの見本のような発言。

 コンプライアンス窓口に相談しないと。

 

「まさか、お前。

 これがパワハラとか思っていないよな」

「いえ、そんな事は思っていません」

 何で皆、僕の考えていることがわかるんだ。

 うちのチームの首脳陣は超能力者か?

 

「別に良いんだぞ、俺は。

 お前が簡単に凡退して、試合に出られなくなって、2軍に落ちて、戦力外になって、どこも拾ってくれなくて路頭に迷っても」

 

 ちょっと話が飛躍しすぎでは無いだろうか。

 第一、結衣は冬眠前のリスがヒマワリの種を貯めておくように、しっかり(僕の小遣いを削ってまで)貯金をしているので、仮に僕がチームを首になっても2、3年は余裕で食べていけるだろう。


 時々、貯金残高を見せてもらっているが、例え今は小遣いが少なくても、しっかりした嫁さんを貰ったことは良かったと思う。

 プロ野球選手の奥さんは結構派手な人が多く、引退後に生活水準を落とすのが難しくて困った、という話をよく聞くが、我が家はそもそもそんなに贅沢はしていない。

 

 僕は元々母子家庭育ちだし、結衣も普通の普通のサラリーマン家庭に育ったから、金銭感覚は堅実である。

 1,000万円の契約金も妹の学費に半分以上消えたし、入団して5年間寮にいて、退寮と同時に結衣と結婚したので、あまりお金を使うことを覚えなかったというのもある。


 ということで2回目のバッターボックスに入った。

 

  

  

 

 

 


 


 

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