第425話 もしかしてスランプ?
今日は試合終了後、原谷さん、谷口、愚義弟(またの名を三田村ともいう)と食事に行くことになっている。
だが試合では敵味方である。
容赦はしない。
ということで、僕は1回裏の打席に立った。
静岡オーシャンズのバッテリーは、田部投手と原谷捕手。
この打席で凡退すると、打率3割を切るのでヒットを打ちたいところだ。
ワンボール、ワンストライクからの3球目のスクリューボールをうまく掬い上げたが、ライトの高橋孝司選手の好捕に阻まれた。
ベンチに戻りながら、スコアボードを見ると、打率が.298となっている。
チェッ。
うまく打ったのにな。
札幌ホワイトベアーズの先発は、エースの青村投手。
今日も抜群の立ち上がりで、静岡オーシャンズ打線を初回、2回と三者凡退に抑えた。
そして3回表、先頭バッターをアウトに取り、安牌を迎えた。
何しろこのバッターには、コースを間違えなければ打たれることはない。
まあ、当たればそこそこ飛ぶが、まずめったに当たらない。
と思っていたら、青村投手は失投した。
あーあ。
ここしか打てない、というところに球が行ってしまった。
幾ら安牌でもバットは持っており、当たれば飛ぶ。
一応、プロだから。
打球はセンターのバックスクリーン横に飛び込んだ。
まあ野良犬に手を噛まれたと思って諦めましょう。
打った野良犬、もとい原谷捕手は得意そうに僕の前を通り過ぎ、チラッと僕の方を見て、ニヤリと笑い、小さくガッツポーズして見せた。
足を引っ掛けてやろうか。
そんな衝動に駆られたが、僕も大人。
寛大な心で見逃してやった。
3回裏、ツーアウトランナー無しで、僕は第2打席目を迎えた。
ここで打てば打率3割復帰だ。
「わかっていますよね?」
バッターボックスに入る前にホームベースを軽くバットで叩き、チラッと原谷捕手を見た。
原谷捕手はキャッチャーマスク越しに僕の方を見て、軽く頷いた。
よし初球はど真ん中のストレートだ。
初球。
内角に食い込んでくるスライダー。
僕は仰け反って避けたが、判定はストライク。
とても厳しい球だ。
約束が違う。
2球目。
今度こそ、ど真ん中のストレートだ。
僕は軽くバットでホームベースを叩いた。
投球は外角へのスクリューボール。
意表をつかれて見逃した。
際どいが判定はボール。
これでワンボール、ワンストライク。
僕はまたチラッと原谷捕手を見た。
原谷さんはまた頷いた。
嘘つき。
試合前、もうすぐ打率3割を切ってしまうと原谷さんに愚痴った。
するとホームベースを軽く叩いたら、一球だけど真ん中のストレートを投げてやると原谷さんが僕に耳打ちしたのだ。
もちろん信じてなんかいない。
でも心の奥にもしかしたら原谷さんなら、という淡い期待があったのも確かである。
99%嘘だと思っても、もしかしたらと思うのが人情ではないか。
やはり人は信じちゃいけないんだね。
僕は少し哀しい思いを抱えながら、バットを構えた。
3球目。
ど真ん中へのストレート。
完全に裏をかかれた。
原谷選手がキャッチャーマスク越しに、ほくそ笑んでいるのを感じた。
くそー、純粋な僕の心を弄びやがって。
これでワンボール、ツーストライクと追い込まれた。
4球目。
内角に食い込んでくるスライダー。
何とかバットに当てた。
これで内角を意識させておいて、次は外角へのスクリューボールだろう。
見え見えだ。
5球目。
予想通り外角へのスクリューボール。
僕は空振りしてしまった。
わかっていても打てない。
それがプロの投手の決め球である。
これで今日は2打数ノーヒット。
打率も.293まで下がった。
直近、7打数連続ノーヒット。
うーん、スランプかもしれない…。
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