第416話 病は気から…?
2回裏、ノーアウトランナー二、三塁。
追加点の大チャンスだ。
しかしマウンド上は百戦錬磨の泉州ブラックスのエース、児島投手だ。
簡単には崩れない。
庄司投手はあえなく空振りの三振に倒れ、バッターボックスには岡谷選手が向かった。
岡谷選手はあまりバントが得意ではないので、ここでスクイズはリスクが高すぎる。
とは言え、三塁ランナーが駒内選手ということを考えると、浅い外野フライではホームインは厳しい。
さてどうする?
ベンチのサインは、「打て」。
まあそうだろうね。
内野ゴロでも1点入る可能性があるし、ランナーの足を考えると、積極的な作戦は使いづらい局面だ。
そしてここでギアが一段と上がるのが、児島投手がエースたる由縁だ。
岡谷選手は簡単にツーストライクと追い込まれ、3球目のスプリットに空振りしてしまった。
三球三振。
うーん、流れが悪い。
ここは僕が流れを変えましょう。
というわけで意気揚々とバッターボックスに向かった。
えーとサインは?
「打て」
そりゃそうだろう。
セーフティスクイズも考えられなくはないが、相手は児島投手。
バットに当てるのだって、簡単ではない。
ましてやヒッティング姿勢からのバントはより難易度が高い。
ここは3割バッターの打棒に期待ということたろう。
ということでバッターボックスに入った。
さてここは追い込まれる前に打つか、粘ってカウントを整えてから、好球必打を狙うか。
児島投手はストライクを取りに来る球だって、棒球は投げない。
ストライクゾーンギリギリの際どいコースに決めてくる。
だが僕だって9年もプロの選手として生き延びてきたのだ。
しかも児島投手は元チームメートで、球筋もセカンドないしショートの守備位置から見慣れている。
僕は2球でツーストライクと追い込まれてからも、ファールで粘り、フルカウントまで持ってきた。
ここまで児島投手には9球投げさせている。
そして10球目。
読み通り決め球のスプリットにうまく反応した。
打球はセカンドの頭の上を越え、センター前に弾んでいる。
三塁の駒内選手は悠々とホームインし、武田捕手も三塁を蹴った。
ツーアウトでフルカウントだったので、打った瞬間、ランナーはスタートを切っていたのだ。
センターの岸選手から懸命なバックホームがなされたが、武田捕手のホームインの方が早かった。
これで僕は2打数2安打、打点2。
我ながら大活躍だ。
これで今シーズンは49打数16安打、打率は.327。
打数は少ないものの、チームでは随一の打率だ。
レギュラー再奪取に向けて、アピールになっただろう。
これで点差は4対1となり、後続の道岡選手が凡退したものの、序盤2回までは良いゲーム運びができている。
ところが庄司投手はピリッとしない。
ヒットとフォアボールで、ワンアウト満塁のピンチを背負ってしまった。
武田捕手と僕ら内野陣は、マウンドに集まった。
「どうせまぐれで取った点なんだから、失うことを恐れるな」と道岡選手。
えーと、それはどういう意味でしょうか。
「そうだ。もし追いつかれたり、逆転しても高橋が取り返してくれるさ」と武田捕手が言った。
「打たれて元々。腕を降って投げろ」と僕も続いた。
すると庄司投手はニャッと笑い、「ありがたいお言葉ですが、あいにく防御率を悪化させたくないので、ここは気合で抑えます」と言った。
「そうだ、病は気から、失点は弱気からという格言もある。ここは強気で行け」と武田捕手。
へー、そんな格言があるのか。初めて聞いた。
ファーストのダンカン選手とセカンドのロイトン選手も神妙な顔をして頷いている。
日本語がわかっているのだろうか。
いや、きっと雰囲気で頷いているだけだろう。
何はともあれ、輪がほどけ、僕らは守備位置に散った。
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