第404話 緊迫の9回表(新藤劇場)
9回表、ノーアウト満塁。
点差はわずか1点のリード。
バッターは3番のメンディ選手。
うーん、緊迫の場面。
見ているファンの方はドキドキしているだろう。
もちろん僕もドキドキしている。
でも一方でこの場面を楽しんでいる自分もいる。
こういう緊迫の場面というのは、野球の醍醐味だと思う。
集中すると周りの音が聞こえなくなり、他の内野の選手の動作や、心無しか見えるはずのない外野の動きまでも背中で感じる気がする。
新藤投手はもちろんわざとピンチを背負っているわけではないだろうが、あえて自分を追い込むことで、自分自身の限界を超えた力を引き出そうとしているのかもしれない。
初球。
ど真ん中のストレート。
メンディ選手のバットは空を切った。
球速は148km/h。
球速表示以上に速く感じた。
メンディ選手もそう感じたのだろう。
首を傾げている。
2球目。
真ん中高めへのストレート。
メンディ選手はこれも強振した。
だが同じくバットは空を切った。
球速表示は151km/h。
そして3球目。
三球勝負か、1球外すか。
新藤投手は3球目を投じた。
伝家の宝刀、フォーク。
メンディ選手のバットは空を切った。
さすがだ。
ストライクゾーンから、ボールゾーンに変化する、落差のあるフォークボール。
これは打てない。
メンディ選手は悔しそうにベンチに下がっていった。
だがピンチは続く。
バッターはリード屈指の強打者、深町選手。
右打席に入った。
その眼光は獲物を狙う猛禽類獰の目である。
だが新藤投手の目もそれに負けていない。
例えるなら虎やライオンなどの猛獣か。
飛びかかってきたら、逆にやり返してやる、というような鋭さを感じる。
初球。
真ん中低めへのストレート。
深町選手のバットはピクリとも動かなかった。
判定はストライク。
だが深町選手は全く表情を変えない。
2球目。
外角へのストレート。
打球はライト側のファールゾーンに飛び込んだ。
やや振り遅れたか。
だが深町選手はファールを打ちながら、タイミングを合わせるタイプのバッターだ。
3球目。
内角へのフォーク。
並のバッターなら振ってしまうかもしれないが、深町選手は堂々と見送った。
判定はボール。
これでカウントはワンボール、ツーストライク。
そして4球目は外角へのストレート。
見送ってボール。
これで平衡カウントのツーボール、ツーストライクとなった。
そして5球目。
外角へのチェンジアップ。
深町選手はライト方向に打ち返した。
強い打球が一二塁間に飛んでいる。
僕は懸命に追いかけた。
打球はハーフライナーとなり、ワンバウンドして一二塁間を抜ける。
と誰もが思った瞬間、僕は横っ飛びした。
グラブの先にボールが飛び込んだ感触があった。
すぐさま上半身だけ起こし、横投げでセカンドベースに入った、湯川選手に送球した。
フォースアウト。
そして湯川選手がファーストに転送した。
一塁もアウト。
ダブルプレー、ゲームセット。
新藤投手は大きくグラブを叩き、ガッツポーズし、ウォーっと吠えた。
球場内から大きな拍手が巻き起こっている。
勝利決定後のやや弛緩した雰囲気。
これも僕は好きな瞬間である。
マウンド付近に歓喜の輪が出来、僕もそこに加わった。
やはり試合に出るのは楽しい。
それはプロでもアマチュアでも。
僕は野球が好きなんだ。
改めて心から感じた。
さてヒーローインタビューは誰だろう。
投のヒーローインタビューは勝ち投手のバーリン選手だろうが。
「おい、高橋。出番だぞ」
広報の新川さんに声をかけられた。
やっぱり来たか。
そうだろうね。
ヒットは打てなかったが、虎の子の1点に繋がる2盗塁に、最後の好プレー。
今日の野手のヒーローは僕しかいないでしょ。
僕はタオルで汗を拭い、帽子を被り直し、名前を呼ばれるのをベンチで待った。
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