第400話 今日もプラス査定獲得?

 マウンドの松島投手は明らかにランナーの僕を気にしている。

 少しでも道岡選手への注意を逸らすことも僕の役割である。


 初球。

 外角へのスライダー。

 道岡選手は左バッターなので、外に逃げていくように見えるだろう。

 見逃して、ストライク。

 僕はスタートは切らなかった。


 そしてベンチのサインを見ると、盗塁に変わっていた。

 ふと三塁コーチャーの澄川さんを見ると、「絶対成功すること」というサインを出している。

「場合によってはアウトになることもあります」と僕はサインで返した。


 すると「失敗したらベンチに戻ってくるな」というサインを出された。

 僕は無視した。


 さて牽制球を2球貰った後の2球目。

 投げた瞬間、僕はスタートを切った。

 良いスタートを切れた。

 盗塁は良いスタートを切ることができれば、高い確率でセーフになる。


 投球はまたもや外角へのスライダー。

 秋保捕手は捕球するとすぐに送球してきた。

 なかなか良い送球ではあったが、僕の足の方がいち早くセカンドベースに着いた。

 判定はもちろんセーフ。

 役割を果たしたことに安堵した。


 この間の投球はボール。

 道岡選手へのカウントはワンボール、ワンストライクとなった。

 さあ後は道岡選手は打つだけ。僕をホームに返してくださいね。

 

 そう思ってベンチをのサインを確認したら、何と盗塁。

 嘘だろう。

 まだ初回だし、バッターはチーム一勝負強い道岡選手だ。

 

「嫌です」

 僕は二塁ベース上でサインをおくった。

「いいから、言う通りにしろ」と澄川コーチからサインがきた。


「失敗しても責任を負えませんよ」

「ダメだ、失敗したらベンチに戻ってくるな」

 先日の食事の席で、澄川コーチと冗談でこのようなやり取りのサインを作ったら、本当に試合中に使ってきた。

 

 澄川コーチは痩せ型で彫りの深い強面の風貌をしているが、このような茶目っ気も持っているのだ。


 さてこの場面で相手チームは盗塁を警戒しているだろうか。

 牽制球を2球投げてきたところを見ると、警戒しているようだ。

 この中で盗塁を決めてこそ、スピードスター(作者注:自称)の面目躍如だ。

 僕は半歩分、大きめのリードをとった。


 松島投手は僕の方をチラッと見たが、道岡選手に3球目を投じた。

 その瞬間、僕はスタートを切った。

 もうここは破れかぶれである。

 

 サインプレーなので、成功したら僕の手柄、失敗したらベンチのせいである。

 そのように割り切らないと、この場面でスタートなど切れない。


 よし、良いスタートを切れた。

 あとは全力で三塁ベースを目指すだけだ。

 道岡選手は援護の空振りをしてくれた。


 秋保捕手の送球はやや三塁側に逸れ、深町選手が捕球し、タッチに来たが、今度も僕の足の方が速く、三塁ベースにタッチした。

 判定はセーフ。

 球場内は、大いに湧いている。


 これでワンアウト三塁のチャンスだ。

 もっとも道岡選手のカウントは、ワンボール、ツーストライクとなっており、追い込まれた。

 だがバットコントロールに優れている道岡選手の事だ。

 ここは少なくとも内野ゴロは打ってくれるだろう。


 そして松島投手の道岡選手への4球目。

 外角へ逃げていくスライダーを道岡選手はうまく三遊間に打ち返した。


 ショートは昨シーズン、ゴールデングラブ賞を受賞した、名手の片倉選手だが、ボテボテの当たりであったので、すぐにホームは諦め、一塁に送球した。


 僕は難なくホームインし、颯爽とベンチに戻った。

 自分で言うのも何だが、この1点への僕の貢献は大きいと思う。

 言うなれば僕の足で勝ち取った1点だ。

 これで査定は更にアップと…。

 僕は脳内の年俸査定帳に書き込んだ。

 もっとも自分の査定と、実際提示される年俸にはいつも乖離があるが…。

(もし自分の査定どおりなら、今頃二億円プレーヤーである)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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