第396話 ポジションは奪い取るもの
「今日は移動日だし、まあ飛行機の中で寝ればいいよな。
でも何で絶好調のゴールデンルーキーが寝られないんだ。
ずっとベンチスタートの俺が寝れないならまだしも」
「はい…」
湯川選手は缶コーヒーを見つめながら、暫く黙った。
「不安なんです…」
暫しの沈黙の後、湯川選手は絞り出すように話し出した。
「何がだ?
打率10割打てないからか?」
打率4割で不安で寝られないなら、今季まだノーヒットの僕はどうしたら良いんだ。
「確かに数字の上ではそこそこの成績になっています。
でも正直に言って、会心の当たりは開幕戦のホームランの他は二、三本しかありません。
後は運良く野手の間に打球が落ちたり、良いところに転がったことによるラッキーなヒットです」
「いいじゃないか。
会心の当たりなんて、シーズン通してもそんなに打てるもんじゃない」
そう言って、僕は缶コーヒーのプルタブを開けて、口につけた。
「はい、それはそうかもしれません。
でも例え凡退しても、自分が納得するバッティングをできていれば、いつか結果はついてくると思うんです。
今の僕にはそれができていません…」
正直なところ、僕は湯川選手の意識の高さに驚いた。
プロの世界は、結果良ければ全て良し、という考え方もできる。
特に好成績を残している選手はそういう思考になってもおかしくない。
だが湯川選手は結果を残しながらも、その内容に満足していない。
僕は自分のポジション争いのライバルが、とてつもない相手であることに、今更ながら気がついた。
この選手は目先の成績ではなく、プロで成功するにはどうしたら良いか、そのために何をなすべきか。
新人ながらそこまで考えている。
「今は期待先行で、試合に使ってもらっています。
でも今後、必ず打てなくなる時が来ます。
その時にどうしたら良いか…」
僕は缶コーヒーをもう一口飲んで言った。
「いいじゃないか。
その時は俺が試合に出るさ。
チームに取って、調子が良い選手が試合に出たほうが良い。
安心しろ。
お前が調子を落としたら、俺がポジションを奪ってやる」
湯川選手はニャッと笑った。
「そうでしたね。
僕は12球団でも随一の激しいポジション争いをしているんでした。
悩んでいる暇なんて無いですよね」
「いやいや、もっと悩め。お前が悩んでいるうちに俺がポジションを奪い返してやる」
「ありがとうございます。
ちょっと吹っ切れました。
僕も全力を尽くします」
そうだ。
札幌ホワイトベアーズの二遊間は、僕と湯川選手、ロイトン選手、光村選手と粒ぞろいだ。
試合には調子が良い選手が出場すれば良い。
そうすればきっとチームも強くなるだろう。
昨シーズン、僕はどちらかというとポジションを奪い取ったというよりも、与えられた側面が強い。
自分で言うのも何だが、攻守走で頭ひとつ抜けていた。
だが湯川選手という強力なライバルが誕生した今、ポジションは奪い取るものに変わった。
現状に満足するのではなく、更にレベルアップしたい。
もっと長打力をつけたい。
打率を上げたい。
守備のエラーを減らしたい。
盗塁成功率を上げたい。
僕は闘志が体中にみなぎるのを感じた。
「よし、帰るか。
明後日からまた勝負だ」
僕は缶コーヒーを飲み干した。
「はい、よろしくお願いします。
コーヒーご馳走様でした」
湯川選手も缶コーヒーを飲み干した。
さあ次は岡山ハイパーズとの三連戦だ。
恐らくベンチスタートだろうが、代走、守備固め、代打、チャンスが来たら全力で活かしてやる。
その積み重ねが、レギュラー奪取に繋がるはずだ。
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