第391話 もう一度、一つ一つ積み重ねていこう
札幌ホワイトベアーズのキャンプの話題は、湯川選手一色だった。
華のあるプレーに、爽やかなルックス。
長打力もあり、足も速い。
しかもポジションはショート。
守備の負担が大きいショートでのホームランバッターは、長いプロ野球の歴史でも多くはない。
そこに現れたスター候補である。
注目されないほうがおかしいだろう。
ショートのライバルは湯川選手の他にも浅利選手もいる。
ベテランで守備は安定している。
昨シーズンはバッティングと走塁に長けている僕が、ショートのレギュラーとして出場していたが、守備だけなら、浅利選手の方が安定感は上かもしれない。
自分で言うのも何だが、僕だってゴールデングラブ賞のリーグ3位(5票獲得)に名を連ねた。
決して守備は下手では無いと思う。
だが湯川選手の入団で、札幌ホワイトベアーズのショートは激戦区となっていた。
それではセカンドはどうか。
セカンドも激戦区である。
昨年はロイトン選手が出場機会が1番多く、光村選手、北田選手がその後に続いた。
ロイトン選手は今シーズンも残留したので、セカンドのポジション争いも、昨年と同じ構図となっている。
次の紅白戦、僕は白組の2番セカンドとして、スタメンを告げられた。
(紅組のセカンドはロイトン選手)
湯川選手は紅組の1番ショートでスタメンだ。
この試合、ロイトン選手がホームランを放ったのに対し、僕は3打数ノーヒット。
フォアボールで一度出塁し、武田捕手から一つ盗塁を決めた。
そして湯川選手は4打数2安打。
三塁打と二塁打を一本ずつ放った。
湯川選手の評価は日に日に高まっており、スポーツ新聞や雑誌での開幕予想スタメンでも、どこもショートは湯川選手を予想している。
昨年は規定打席に到達し、打率ベストテンの9位に入ったのに、わずか数ヶ月で状況は大きく変わってしまった。
僕は改めてプロの厳しさを噛み締めていた。
その日の夜、携帯電話に着信があった。
山城のおっさんからだ。
僕はしばらく迷ったが、着信ボタンを押した。
「はい、高橋です」
「おう、相変わらずしけた、元気が無い声をしているな。
病もエラーも気からって言うだろう」
「そうですね…。その通りです」
「何かお前らしくないな。
1年目の時、生意気に食らいついてきた根性はどこに行った?」
「そうですね…」
「スポーツ新聞とかで見ると、相当調子が悪そうだな」
「はい、まあ…」
「もともとお前は大きく期待されて入団したわけじゃないだろう。
一度でも規定打席に到達しただけでも凄いと俺は思うぞ」
「ありがとうございます」
「まあ、俺が何を言っても、今のお前には届かないかもしれないな…。
だがこれだけは覚えておけ。
シーズンは長い。
必ずお前の活躍する場面が来る。
その時まで牙を研いでおけ。
あと、ブランデーありがとう。
それと下町のナポレオンもな。
ありがたく飲ませてもらうよ」
そう言って、山城さんからの電話が切れた。
激励しようとしてくれたのは良く伝わった。
心からありがたいと思う。
まあ、確かに僕なんてもともと大して期待されて入団したわけじゃない。
人的補償での移籍。
そしてトレード。
ここまで一歩一歩、進んできたじゃないか。
昨シーズン規定打席に到達し、試合に出ることが当たり前に思うようになってしまっていた。
もう一度、原点に立ち返ろう。
1打席、1打席。
ひとつひとつの守備機会。
大事にして、もう一度積み重ねていこう。
その結果が出場機会の増加に繋がるかもしれないし、繋がらないかもしれない。
守備固め、代走、代打、ベンチでの声出し。
どんな形でも一軍にへばりついていれば、チャンスはやってくるかもしれない。
僕はホテルを抜け出し、夜のビーチに体育座りし、波の音を聞きながら改めてそう思った。
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