第390話 迷える隆介
キャンプイン5日目から、紅白戦が始まった。
僕はレギュラーチームである紅組の1番ショートで、スタメン出場する。
そして湯川選手は白組の1番ショートとしてスタメン出場。
いきなりの対決だ。
紅組の先発は稲本投手。
僕とは一緒に応援大使として浜頓別町に行き、爆笑(?)トークを繰り広げた間柄だ。
ちなみに今季の僕は足寄(あしょろ)町の応援大使ということだ。
だからそこはドコやねん。
対する白組の先発は須藤投手。
カットボール、ツーシーム、そしてパワーカーブを操り、打者を翻弄する軟投型の投手だ。
僕にとっては苦手なタイプでは無い。
先行は白組。
湯川選手がバッターボックスに立った。
長身でその構えは、スラッガーとしての雰囲気がある。
稲本投手は左腕であり、湯川選手は右打ちなので、バッター有利かもしれない。
ワンボール、ワンストライクからの3球目。
外角への力のあるスクリューボール。
稲本投手の代名詞の球だ。
湯川選手は右打ちし、打球はライト方向に上がった。
これはファールだろう。
そう思って見ていたが、なかなか切れない。
打球はそのまま切れそうで切れず、ライトポールに当たった…。
嘘だろう。
あのボールを右打ちで、あそこまで持っていくなんて、何という技術だ。
打たれた稲本投手は呆然としているし、僕も呆気に取られてしまった。
チェンジになり、1回裏。
僕は打席に入った。
目の前で湯川選手の凄い技術を見せつけられ、燃えないわけは無い。
ツーボールからの3球目。
須藤選手のカットボールを右狙いで打ち返した。
だが微妙に芯を外され、打球は力のないファーストゴロ。
簡単にアウトになり、ベンチに戻った。
「お前らしくないバッティングだったな」
麻生バッティングコーチに声をかけられた。
「はい。うまく芯を外されました…」
「いや、俺の言っているのはそういう事ではない。
まあいい。次の打席、頑張れ」
2番の谷口が放った鋭い打球は、三遊間を抜けそうだったが、湯川選手は最短距離で追いつき、捕球後、一塁にストライク送球した。
余裕でアウト。
湯川選手はショートにしては大柄であるが、グラブ捌きは堅実であり、また肩も強い。
動きもダイナミックで華がある。
悔しいが、現時点では湯川選手の良いところばかり目立っている。
2回表。
この回先頭の5番の木村選手。
一昨年のドラフト1位であり、大卒1年目の昨年は二軍では15本のホームランを放ったものの、一軍では3本塁打に終わった。
その木村選手の打球は平凡なショートゴロ。
僕は前進し、簡単に捕球…、しょうとしたら弾いてしまった。
木村選手は足はそれほど速くない。まだ間に合う。
だが送球はショートバウンドし、ファーストの立花選手は捕球できず、後ろに逸らしてしまった。
もちろん僕のエラーである。
「ドンマイ、落ち着いていこう」
サードを守る道岡選手の言葉に、僕は右手を挙げて応えた。
今日は打っても守ってもしっくり来ない。
自分でも気合が空回りしているのを感じる。
何と言うのだろう。
フワフワしたような、雲のような煙のようなものを掴むような感覚。
もっともまだシーズンは始まったばかりだ。
僕は定位置に戻り、腰を低くし、構えた。
結局この試合は、僕は3打数ノーヒットで8回の打席で光村選手を代打に出された。
守ってはエラー2つ。
自分で言うのも何だが、精彩を欠いている。
翌日の紅白戦も紅組の1番ショートでスタメン出場したが、4打数でラッキーな内野安打1本。
この日はエラーはしなかったものの、猛打賞に好守を連発した湯川選手の前に霞んでしまった。
「高橋。焦るなよ」
試合が終わり、引き上げようとしたら内野守備走塁コーチの門前さんに声をかけられた。
「湯川は湯川で、お前はお前だ。
湯川に無くて、お前にあるものもある。
お前はお前のプレーを全力ですることを心がけろ」
「はい」
そう答えたものの、湯川選手に無くて、僕にあるものってなんだろう。
僕は自問自答したが、良くわからなかった。
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