第392話 オープン戦スタート

 キャンプも中盤を過ぎ、紅白戦はセカンドやショートのスタメンで出場したり、しなかったり。


 ここまで30打数5安打の打率.167。

 ホームラン、打点とも無し。

 盗塁は2つで、盗塁死は3。

 数字の上では絶賛スランプ中である。


 だが僕はいい意味で吹っ切れていた。

 プロで野球を出来る喜び。

 それは最近忘れかけていたものであった。


 あれほど才能に満ち溢れていた平井ですら、もうプロで野球することを諦めた。

 そんな中、こうしてプロ野球選手としていられる事、お金をもらって野球を出来ること、それ自体が、幸せなことだ。


「最近、良い表情をするようになったな」

 ふと門前コーチに声をかけられた。

「そうでしょうか?」

「ああ、一時のお前は野球をするのが辛そうだった。

 だが最近はエラーをしても、凡退しても、盗塁失敗しても、ポジションに付く前に滑って転んでも、湯川ファンからブーイングを浴びても、誰もサインを欲しがらなくても…」

 もう、帰っても良いですか?

 何かと忙しいので。


「まあ、どんな形でも試合に出られることは幸せな事だ。

 引き続き、頑張れ」

 門前コーチは僕の肩をポンと叩いて去っていった。


 門前コーチはまだ40代前半と若いが、他球団を含めてコーチ経験は長い。

 大卒社会人経由で新潟コンドルズに入り、現役時代はわずか5年で出場試合数も通算で100試合ちょっとだった。


 だが練習へのひたむきな取り組み姿勢や、高校、大学と主将を努めたキャプテンシー、若手とのコミュニケーション能力、そういうものを評価されて、二軍のチームスタッフとしてチームに残り、やがて二軍コーチとして実績を積み、昨年、札幌ホワイトベアーズの一軍コーチとして招聘されたのだ。


 2月も下旬になると、オープン戦が始まる。

 初戦は沖縄での古巣、静岡オーシャン戦だ。

 

「よお、谷口と義兄さん」

 僕と谷口がベンチ前でバッティング談義をしていると、静岡オーシャンズの三田村トレーナー見習い兼雑用係がやってきた。

 

 「おう、愚弟。ちゃんと働いているか?

 せめて給料の半分くらいは働けよ」

 最近は三田村や周囲から「お義兄さん」と呼ばれることに慣れた、というか諦めた。


 ちなみに結婚式は今シーズンのオフに静岡の式場で行うそうだ。

 妹はまだ大阪で働いているので、静岡と大阪のいわゆる週末婚となっている。

 

「調子はどうだ?」

「ああいいところだ。

 犬吠埼からの朝日は綺麗だし、ぬれ煎餅もなかなか旨い。

 まだ行ったことはないけど」

「そうか、まあ頑張れ」

 三田村はそう言い残して去っていった。

 あいつは昔から人の話を聞かないところがある。


 今日のオープン戦初戦のスタメンは次の通り。

 

 1 ロイトン(セカンド)

 2 湯川(ショート)

 3 道岡(サード)

 4 ダンカン(指名打者)

 5 下山(センター)

 6 谷口(レフト)

 7 西野(ライト)

 8 武田(キャッチャー)

 9 木村(ファースト)


 え、僕?

 今日はベンチスタートですけど、何か?


 首脳陣としては、期待の新人をスタメンで使ってみたいだろうし、ファンもそれを望んでいる。

 僕は与えられた出場機会で全力を尽くすことだけを考えるようにしている。


 代走、守備固め、ベンチでの声出し。

 プロとしてチームの勝利を最優先に、それにどのように貢献できるかが重要である。


 逆説的になるが、僕が試合に出ないことが、チームの勝利に繋がるのであれば、それは甘んじて受けなければならない。

 お金をもらって、お客さんの前でプレーするということはそういうことである。


 試合が始まり、湯川選手は静岡オーシャンズの先発、田部投手からいきなりライトオーバーのスリーベースヒットを放った。

 鮮烈なデビューだ。

 しかし湯川選手は上手く右に打つものだ。

 僕も同じ右打者だが、右方向に強い当たりを打つのは難しい。


 もちろん左方向に引っ張ることも出来るから、球種によらず広角に長打を飛ばせる。

 僕もそのテクニックを身につけたいものだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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