第387話 5年ぶりのフロリダにて

「やっぱりフロリダは違うな。冬でも暖かいし、空も海も美しい。

 な、隆。じゃなかったお義兄さん」

「だから何でお前がここにいるんだよ。

 しかも妹まで連れてきやがって。

 次、お義兄さんって言ったら、フロリダに血の雨が降ると思え」

 

 翌日、黒澤選手他、合同自主トレのメンバーがホテルのロビーに集合した時、なぜか三田村と変なおっさんがいた。

 妹は在米の大学時代の友人とフロリダのディズニーランドへ遊びにいったそうだ。

 

「忘れたのか?

 俺は春から、静岡オーシャンズの職員になるんだぜ。

 球団の好意で、黒澤選手達の自主トレを手伝うことになった。

 麻衣さんの分は、ちゃんと俺が払っている」

 僕は深いため息をついた。

 何でフロリダまで来て、三田村夫妻に会わないといけないんだ。

 

「黒澤選手、私までご招待頂き、ありがとうございます」

 毎度おなじみの山城さんだ。

 いいんですか?

 高校野球のチームは。

 春のセンバツに出場するのに、大事な時期じゃないんですか?


 「大丈夫だ。優秀なコーチに任せているから。

 高校からも是非、行ってきてくださいと言われたし」

 僕は何も言っていないのに、山城さんは言い訳がましく言った。

 優秀なコーチがいるなら、むしろ監督はいらないかもしれない。

 きつと生徒は監督の不在を喜んでいるだろう。

 

「いえいえ、こちらこそ、フロリダまで来て頂いて、ありがとうございます。

 高橋と谷口が山城さんのノックを受けないと、シーズンが始まらないと言うもので」と黒澤選手。

 

 いつ、僕がそんな事を言ったのでしょうか。

 例え思っていても、山城さんが図に乗るので絶対に口に出すもんか。

 まあ、でも今年も山城さんのノックを受けられるのは、ほんの少しだけ嬉しくないこともないが…。


「ハロー、クロサワ」

 ホテルの入口から大男がやってきた。

 5年前にも自主トレを手伝ってくれたバローズだ。

 今回も若手選手を何人か連れている。

 

「よし、これで全員揃ったな。

 じゃあ、行くか」

 黒澤選手の発声により、僕らはゾロゾロと2台のバスに乗り込んだ。

 ちなみにトーマス達は先に球場に行っている。


 フロリダに来たのは2度目だが、やはり良いところだ。

 絵画のような原色の美しい街並み。

 晴れ渡ったスカイブルーの空と、緑がかった青い海と美しい白浜。

 爽やかな風と暖かい太陽の日差し。


 5年前はお客さん扱いで全額、黒澤選手に出して頂いたが、今回はちゃんと自費で来た。

 そして何よりも1人前の自主トレ仲間として、黒澤選手達から声をかけて頂いたのも嬉しかった。


 自主トレ前半は、体をほぐすことに重点を置く。

 黒澤さんたちはもうベテランの領域に達しているし、僕らも二十代後半となり、練習も量より質を重視する。


 若い時はとにかくスタミナをつけることに重点を置いていたが、今は長いシーズンを乗り切るためのペース配分を考えている。

 これもプロとして年輪重ねた賜物だろう。


 そして勘違いされやすいが、量より質ということは、体力的に軽いという事ではなく、むしろ一つ一つのメニューの負荷が強いということだ。

 例えば坂道ダッシュ、筋トレ、アメリカンペッパーなど、一つメニューをこなすとヘトヘトになる。


 練習が終わると、夕方からは自由時間だ。

 ビーチを散歩したり、ショッピングセンターに行ったり、ディナーを楽しんだり。


 妹は時々自主トレを見に来ることもあったが、基本的には大学時代の在米の友人(何人かいるらしい)と遊び回っていた。

 

 それに対し、三田村は静岡オーシャンズの球団職員として、様々な手配や、練習の手伝いなど、機敏に動き回っていた。


 選手時代も寮ではチャランポランだったが、一度グラウンドに出ると、人が変わったように練習に取り組んでいた。

 球団からもそういう姿勢を評価されて、球団職員として採用されたのだろう。


 そして山城さんのノックはやっぱりキツかった。

 届くか届かないかのギリギリを攻めてくるし、しかも左右に揺すぶってくるので、とても負荷が強い。


 黒澤選手や道岡選手達もノックが終わるとへばっていた。

 口には死んでも出さないが、フロリダまで来て頂いて良かった。


 というようにフロリダでの自主トレは約3週間に及び、調整も順調に進み、打ち上げとなった。

 


 

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