第388話 フロリダ最終日

 「いよいよ新しいシーズンが始まりますが、怪我なく1年間、頑張りましょう」

 道岡選手の発声で僕らは乾杯した。


 自主トレ最後の夜。

 僕らはトーマスやバローズ達への感謝を込めて、打ち上げを開催した。

 山城さんは、僕らにノックの雨を降らせて、ストレス解消した後、一週間程度で帰国した。

 高校の野球部監督としての責任感のかけらはあるようだ。


 妹もフロリダを満喫した後、三田村を置いて一週間前に帰国した。

 ブラック企業のため、仕事の関係でこれ以上は休めないそうだ。

 2週間も休めれば充分ホワイト企業だと思うが…。

 

「タカハシ。ガンバッテイルネ。ワタシ、ウレシイヨ」

 トーマスがビールジョッキ片手にやってきた。

 カチン。

 僕らはジョッキを合わせた。


「サンキュー、トーマス。

 今年はレギュラー取れたけど、ドラフトで有望な新人が入ってきたので、より一層頑張るよ」

 僕が話した日本語を三田村が通訳してくれたが、トーマスが爆笑している。

 僕の返事のどこにそんな大笑いするような要素があったのだろうか?

 

「よお、高橋飲んでいるか?」

 黒澤さんもジョッキを持ってやってきた。


「レギュラー獲得おめでとう。

 5年前のフロリダで、俺が言ったとおりになって、嬉しいよ。

 中本との賭けにも勝ったし」

「賭け…ですか?」

「ああ、5年以内に高橋が規定打席に到達するか賭けていたんだ。

 俺はもちろん到達する方に賭けていた」

 そんな事で賭けないでほしい。

 

「何賭けていたんですか?」

「おう、自主トレの打ち上げ1回分だ。

 おーい、皆。

 今日は中本の奢りだから、好きなだけ、食べて飲んでくれ」

「中本さん、ありがとうございます」

「ごちそうさまでーす」

 黒澤さんの声に、中本さん以外の皆が反応した。

 中本さんは渋い顔をしつつも、ジョッキを上げて、その声に答えた。


 ちなみに中本さんは4年前にフリーエージェントで大リーグに移籍し、今期は16本のホームランを放った。

 昨年から2年契約を締結し、今季が契約最終年である。

 なお年俸は500万ドル(プラス出来高)との事だ。

 日本円にすると、今なら7億円くらいか?

 凄い金額だ。

 僕の年俸の10倍以上である。

 心置きなくご馳走になろう。


 最後に黒澤さんがスポンサーとなったビンゴゲームがあった。

 一等はなんとビジネスクラスの往復ペア航空券。

 好きな区間を選択して良いとのことであり、長距離なら数百万円になるだろう。


 一等はバローズのチームの若い選手が当て、大喜びしていた。

 僕はなかなか当たらず、ブービー賞として、大きく「大和魂」と書かれたいたTシャツを貰った。

 正直言っていらないが、捨てるわけにもいかない。


 「高橋、明日それ着て帰れよ」と黒澤さんに言われた。

 つまりバツゲームということか。

 嫌だな、こんなTシャツを着て、ビジネスクラスに乗るの。

 楽しみにしていた帰りのビジネスクラスが、一瞬にして憂鬱なものに変わった。


 そんな感じで、フロリダでの最後の夜は更けていった。

 明日は帰国。

 そして1週間後はいよいよキャンプイン。

 9年目のシーズンが初める。

 


 


 

 


 


 


 

 

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