第349話 オールスター前夜

 今日はオールスターの舞台となる肥後スタジアムでの前日練習と取材対応である。


 そして僕にとっては今回オールスターに出場している、旧知の方々への挨拶回りもある。


 静岡オーシャンズの黒沢選手や、新井選手、泉州ブラックスの岸選手、高台捕手、そして白石投手、等などだ。

 

 白石投手は僕のトレード相手であり、今シーズンは既に7勝を挙げ、チームの勝頭になっている。

 

「よお、活躍しているようだな。俺としても嬉しいよ。

 世間でもWin-Winのトレードだったと言われているようだしな」

 白石投手にはこのように声をかけてもらった。


 僕の前半戦の成績は、チーム81試合中78試合に出場し、307打数85安打の打率.277、ホームイン3本、21打点、盗塁19(盗塁死7)。

 リーグの打率ランキングでも12位につけている。


 世間でも最近はローテーション投手と不動(最近は9番を打つこともあるが…)の1番打者をそれぞれ獲得し、互いに補強ポイントを補った、成功トレードと言われているらしい。

 僕としても札幌ホワイトベアーズが損した、と言われないように引き続き頑張りたい。


 黒沢選手からはこの後、食事に誘ってもらった。

 道岡選手と静岡オーシャンズの新井選手も一緒のようだ。


 僕を推薦してくれた京阪ジャガーズの村野監督の元にも挨拶に行った。

 村野監督はしかめっ面で、腕組みしてベンチに座っていた。

 

 村野監督はいつも気難しそうな顔をしている印象である。

 現役時代は、内野の控えという立ち位置であったが、コーチとして実績を積み、結果を残し、監督にまでなった人だ。

 人心掌握術には定評がある。

 

「この度は推薦して頂き、ありがとうございました」

「おう。ところでこんなところで何しているんだ。

 ここはオールスターだぞ」

 えーと。

 そう言われると、僕も何と返して良いか困る。

 

 すると村野監督はニャッと笑い、「冗談だ。期待しているぞ、特大ホームラン」

 えーと、誰かとお間違えではないでしょうか。

 

「はい、期待していてください。一発、かっ飛ばします」

「おう、頼むぞ。

 もっともお前は打席に立つかわからんがな」

 それはそうだろう。

 スタメンはファン投票の選手だろうし、僕は出場しても代走か守備固めだろう。

 

「はい、置かれた場所で咲きます」

 我ながら格好いいことを言った。

「そうだ。その意気だ。

 頼むぞ、ボールボーイ」

 えーと、ベンチにもはいれないのでしょうか…。

 

「高橋」

 後ろから声をかけられ、振り向くと岸選手と高台捕手の泉州ブラックスの誇る(?)ちょい悪コンビだった。

 

「あ、どうもお久しぶりです」

「まさかお前とこんな所で会うとはな。

 ところで来年頼むぞ」と岸選手。

 来年?

 何かあっただろうか?

 

「来年って、何でしたっけ」

「バカ、来年の交流戦はすすき野だろう。

 ちゃんと店調べているんだろうな」と高台捕手。


 どうやらこの二人の頭の中は、札幌=すすき野となっているようだ。

 

「あのー、僕はほとんどすすき野には行ったことが無いですよ。お金もないし」

「えー、札幌にいるのにすすき野行ってないのか。

 相変わらず使えない奴だな」

 そんな事で無能呼ばわりされても…。

 

「でもお前とこうしてオールスターで会えるなんて、俺は嬉しいぞ」と高台捕手。

「そうだ。入団時はエラーはするは、バットにボールが当たらないは、走れば転ぶし、バントは下手だし、ファッションはダサいし、顔は貧相だし、どうしょうもない奴だと思っていたが、俺は嬉しいぞ」

 最後の方、ちょっとひどくないですか。


 とまあ、皆さんから激励(?)して頂き、グッズにサインしたり、取材を受けたりしてこの日は終わった。


 そして夜は予定通り、黒沢選手、道岡選手、新井選手とホテル近くの焼き肉店へ食事に行った。

 

「まさか、こうしてオールスターの場で会えるとはな。

 あの時は俺なりに申し訳ないと思ったんだぞ」と黒沢選手がしみじみと言った。

「でも泉州ではチャンスを頂くことができたし、僕としてはむしろ良かったと思っているんです。

 あのまま、静岡オーシャンズにいてもノーチャンスだったと思いますし…」


 確かにここ数年、静岡オーシャンズの二遊間は、黒沢選手と新井選手で固定されている。

 攻守走に優れたこの二人の牙城を崩すのは、並大抵のことではないだろう。


「来年の自主トレは、フロリダに来ないか。谷口も一緒にな」「はい、ありがとうございます。是非、お願いします」


 レギュラーは取ったものの、数字的には盤石とは言えない。

 もうワンランクアップするためには、これまでと何かを変えないといけないと思っていた。

 フロリダでの自主トレがそのきっかけとなれば良いが。


 翌日にオールスター戦があることもあり、この日は早めに切り上げた。

 さあ、明日はいよいよ夢の舞台だ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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