第330話 試合前のルーティンとリーグ戦再開
一般的にプロ野球選手、特に一軍に定着している選手は良い暮らしをしていると思われているようだ。
僕も年俸総額という意味では、同年代の会社員の数倍を貰っているのだろう。
だが傍目で見るほど、贅沢はできない。
まず国民の義務である税金。
このために年俸の半分は別の口座に移している。
その全部を税金として収めるわけでは無いが、残りは貯蓄として口座に残している。
そして残りのうち、半分以上は将来に向けた貯金、翔斗の学資保険等に回され、そこから生活費、つまりマンション代や光熱費、食費等々を差し引くと、僕の自由に使えるお金(つまり小遣い)は、せいぜい月10万円である。
その中から時々、後輩にご馳走したり、遠征時の食事代を払ったりするので、そんなにお金は残らない。
だから昭和のプロ野球選手みたいに、豪快に夜の街に飲みに行くなんてできない。
もっとも独身時代は寮だったし、そもそも年俸もあまり高くなく、妹の学費も払っており、金銭的な余裕はなかったので、お金を使う習慣がそもそも無かった。
(もっともそのお陰で野球に集中できたとも言えるが…)
僕の静岡オーシャンズ時代の先輩で、内沢さんという人がいた。
高校からドラフト1位で入団し、僕とは比べものにならないくらい期待され、契約金、年俸も僕よりも遥かに多かったが、野球よりもお金を使うことに楽しみを覚えてしまい、徐々に出場機会を減らし、やがて戦力外になってしまった。
その後の消息は知らないが、あまりの良い噂も聞かない。
とても才能がある選手だったのだが…。
僕は球場に向かうために、車(結衣との交渉の結果、国産車を購入)を運転しながら、ふとそんな事を考えていた。
球場に着いた。
僕はチームの中では球場入が早い方である。
ちなみに一番早いのは谷口だ。
僕らは結果が全ての個人事業主であり、球場に来るのが早かろうと遅かろうと、成績さえ残せば誰からも文句を言われない。
(さすがに遅刻は怒られるが…)
それでも僕と谷口が早く球場入りするのは、そうしないと不安だからだろう。
一流のプロ野球選手は皆、自分だけのルーティンを持っており、僕はルーティンという程では無いが、試合前にある程度の本数のノックを受けて、一定数の素振りをしないと落ち着かない。
谷口はホームでの試合時は、トスバッティングが日課になっており、またバッティングピッチャーにわざと悪球を投げさせてのバント練習も度々行っている。
谷口は守備や走塁ではあまりアピールできない分、バント等の小技を磨くことで、今シーズン、レギュラーを掴んだのだ。
さて今日からはリーグ戦再開。
最初の試合は、ホームゲームでの仙台ブルーリーブスとの三連戦である。
札幌ホワイトベアーズは、これまで鬼門だった交流戦を久し振りに勝ち越し、シーリーグでも4位につけていた。
仙台ブルーリーブスは3位につけており、札幌ホワイトベアーズとは2ゲーム差である。
直接対決でもし三連勝するような事があれば、順位が入れ替わる。
悪くともここは2勝1敗としておきたいところだ。
初戦の先発は、稲本投手。
高卒10年目の左腕であり、今シーズンはここまでなかなか打線の援護に恵まれず、勝ち星がない。
成績は0勝3敗であるが、防御率は3.86とそれほど悪くない。
フォアボールが多いピッチャーなので、守備時間が長く、なかなか打線としてもリズムに乗れない、というのも援護点が少ない理由かもしれない。
この試合のスタメンは以下のとおり。
1 高橋(ショート)
2 谷口(レフト)
3 道岡(サード)
4 ダンカン(ファースト)
5 下山(センター)
6 ロイトン(セカンド)
7 西野(ライト)
8 武田(キャッチャー)
9 稲本(ピッチャー)
シーリーグなので、指名打者制度が無く、谷口も守備につく。
仙台ブルーリーブスの先発は、スクリューボールの使い手の松島投手。
左腕であり、僕としては対戦成績は悪くない。
むしろ得意としており、かってはタイムリーヒットを打ったこともある。(230話)
初回、稲本投手はいきなり先頭から3人連続でフォアボールを与えてしまった。
君はあれかい、ピンチにならないと燃えないタイプかい。
2つ歳上ではあるが、ショートの守備位置で僕は心の中でそう悪態をついた。
迎えるバッターは、リーグきっての強打者、4番の深町選手である。
僕らは早くもマウンドに集まった。
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