第328話 ヒーローインタビューⅩ
僕はベンチに座って用具を片付けながら、広報の新川さんから声をかけられるのを今か今かと待っていた。
すると、「いや、俺はいいよ。今日はあいつでいいんじゃないか」という声が聞こえた。
どうやら青村投手がヒーローインタビューを断ったようだ。
あいつとは誰だろう。
僕か立花選手か。
「いや、俺もいいよ。あいつでいいんじゃないか」という声が聞こえた。
どうやら立花選手も断ったようだ。
やがて新川さんがため息をつきながらやってきた。
「仕方ない。ということだから、ヒーローインタビューよろしく」
あの、僕も断って良いですか。
消去法で選ばれたみたいで、ちょっと気分が悪いんですけど。
と、思わなくもなかったが、読者の方々も期待しているし、何よりも谷口に見本を見せてやらなくてはならない。
僕は立ち上がり、ベンチを出て、ヒーローインタビューの場所に向かった。
「放送席、放送席。
今日のヒーローは初回に出会い頭のホームランを放った、札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手です」
インタビュアーの女性アナウンサーは、泉州ブラックス時代に顔なじみの方であり、過去に何回かインタビューを受けたこともある。
「はい、みんなのアイドル、高橋隆介でーす」
沈黙が球場内を包んだ。
僕は否が応でも滑ったことを自覚しないわけにはいかなかった。
隣では女性アナウンサーが唖然としている。
「初回、いきなりの先頭打者ホームラン。
切れそうで切れない、レフトポールに当たるラッキーなホームランでしたね」
気を取り直したようで、女性アナウンサーがインタビューを始めた。
「はい、ポールに当てようと狙って打ちました」
「打った球種は何でしたか?」
渾身のギャグをスルーされた…。
「えーと、スプリットだと思います。
白石投手はスプリットのキレが良いのは知っていましたが、裏の裏の裏の裏をかこうと狙っていました」
「そうですか。良くわからないですけど、つまりスプリットを狙っていたということですね」
「まあ簡単に言うとそうです」
今日は何を言っても滑る。
「今日はホームランの後は3三振、チームとしても2安打に抑え込まれましたが、白石投手の球のどこが良かったですか?」
「え、はい。
やはりスプリットのキレが良かったし、直球も速く見えました」
え、これはヒーローインタビューですよね?
「今日の先発の白石投手は、トレードの相手ということで、特別な思いはありましたか?」
「そうですね…。無いと言ったら、嘘になります。
でも白石投手からもWin-Winのトレードだったと言ってもらえるように頑張ろうと、声をかけて頂きました。
僕としては泉州ブラックスを離れることになったのは正直なところ寂しかったです。
でも今日、札幌ホワイトベアーズファンだけでなく、泉州ブラックスファンの方からも声援を頂き、とてもありがたかったです」
球場内が大きな拍手で包まれた。
どうやら泉州ブラックスファンの方も結構残っていてくれたようで、そちらの方からも大きな拍手が聞こえた。
りゅーすけコールも耳に入ってきた。
「高橋選手にとって思い出深い、この泉州ブラックススタジアムでのホームラン。
特別な思いもあったんじゃないでしょうか」
「そうですね。
本当はこの球場でもっとホームランを打ちたかったんですが…。
これからもこの球場で打てるように頑張ります」
「できれば、違う球場でお願いします」
球場内を笑いが包んだ。
僕は苦笑した。
このアナウンサーは筋金入りの泉州ブラックスファンだということを僕は知っている。
「最後にファンの皆様に一言お願いします」
「はい、大阪まで応援に来て頂いた札幌ホワイトベアーズファンの皆様、そして移籍しても応援して下さった、泉州ブラックスファンの皆様、今日は最後まで応援、ありがとうございました。
明日からも頑張りますので、応援、よろしくお願いします」
「はい、できれば泉州ブラックス戦以外で活躍されることを願っています。
今日のヒーローは、先制ホームランの高橋隆介選手でした」
大きな歓声が球場内を包む。
やはり良い球場だ。
いつかこのチームに戻って来たいと、ちょっと感傷的になった。
明日と明後日も泉州ブラックス戦が続く。
更に暴れたいところだ。
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