第322話 開き直りも大切

 僕はチェンジアップに的を絞った。

 どっちつかずで打てるピッチャーではない。

 ストレートが来たら、後は谷口にまかせよう。

 僕は開き直った。


 4球目。

 ストレートか。

 いやツーシームだ。

 外角へ来たボールを、辛うじてバットに当てた。

 我ながらこういう粘りができるようになったのは、成長した証だと思う。

 カウントはワンボール、ツーストライク。

 

 次こそはチェンジアップか。

 それとも内角へのストレートか。

 裏をかいて4球連続で外角球ということもありうる。


 5球目。

 真ん中へのストレートか。

 いや球が遅い。

 何とここでスライダーだ。

 完全に裏をかかれた。


 外角に逃げるボールを必死にバットを当てた。

 ファール。

 カウントはワンボール、ツーストライクのまま。


 スライダーを投げるのは聞いてはいたが、投球の数%ということなので、頭から外していた。


 僕はまたしても待ち球を絞った。

 6球目。

 内角へのストレート。

 やっぱりね。

 4球立て続けに外角へ来ていたし、ここ2球はストレートでは無かったので、そろそろ来ると思っていた。


 えーい。

 僕はうまく腕を畳み、引っ張った。

 打球は三遊間をゴロで抜けた。

 どんなもんだい。

 これで今日は2打数2安打だ。(残りはデッドボールと送りバント)


 静岡オーシャンズの外野は前進守備を敷いていたので、二塁の野中選手は三塁ストップ。

 これでワンアウト一、三塁のチャンスだ。


 次のバッターは今日、先制点となるタイムリーツーベースを打っている谷口だ。

 

 仕方がない。

 今日は主役は譲ってやる。

 せいぜい古巣の静岡オーシャンズファンの前で、朴訥なアナウンサー泣かせのヒーローインタビューでもするんだな。

 僕は一塁ベース上で、心の中で悪態をついた。


 谷口が打席に入った。

 相手バッテリーは、しきりにランナーを気にしている。

 それはそうだろう。

 一塁も三塁も俊足だ。(自分で言うのも何だが)

 そしてバッターは見かけによらず、バントが上手い谷口。

 

 スクイズ、ダブルスチールも考えられるし、外野フライならほぼ確実に1点は入る。

 点差も1対1の同点なので、ここは慎重になるだろう。


 僕はベンチのサインを見た。

 フムフム。

 盗塁をするフリをしつつ、一球様子を見るということね。

 りょーかい。


 初球。

 サードの戸松選手がダッシュしてきた。

 スクイズ警戒だろう。

 投球は外角へ外れ、ボールワン。

 僕はスタートを切る振りをして、途中で止まった。

 原谷捕手は一塁に投げてきたが、悠々帰塁した。


 2球目。

 外角低めへのツーシーム。

 谷口は見送った。

 判定はストライクだが、打っても内野ゴロだっただろう。

 これでカウントはワンボール、ワンストライク。


 3球目を投げる前に立て続けに牽制球が3球来た。

 しつこいね。

 盗塁くらいスッキリとさせてくれないものかね。

 僕は心の中で勝手な事を考えた。


 そして3球目を投じると同時に、僕はスタートを切った。

 すると谷口が何と打ってきた、ショートゴロだ。

 野中選手はホームに突っ込んだ。

 

 ショートの新井選手は打球を掴み、ホームに投げた。

 タイミングは微妙に見えたが、判定はセーフ。

 僕はその送球の間に三塁に進んだ。


 静岡オーシャンズのベンチは、当然リクエストをする。

 だがバックスクリーンのオーロラビジョンを見る限り、セーフに見える。

 そしてすぐに審判が出てきて、判定はセーフ。

 記録はショートのフィールダースチョイスだ。


 1点を取って、更にワンアウト一、三塁だ。

 原谷捕手はマウンドに向かい、本宮投手と僕の方を見ながら何か話している。

 

 きっと「あいつは頭は悪いけど、足は速いからダブルスチールに警戒だ」とか、そんな事を話しているに違いない。

 お生憎様。

 次はチャンスの鬼、道岡選手である。

 そんな小細工は必要がない。


 ワンアウト一、三塁は道岡選手に取って、垂涎の場面だろう。

 外野フライか、ダブルプレーにさえならなければ内野ゴロでも打点がつく。


 だが猿も木から落ちるし、カッパも安いものなら強い雨では濡れる。

 道岡選手だって、チャンスに凡退することはある。

 ここは初球のツーシームを引っ掛けて、ダブルプレーに倒れた。

 まあ勝ち越せただけでも上出来だ。

 僕は軽快な足取りでベンチに戻った。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

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