第319話 ピンチとチャンス
ツーアウトからエラーでランナーを背負った五香投手は、次の4番のウイルソン選手にもフォアボールを与えてしまった。
調子が狂ったのか。
僕ら内野陣はタイムを取り、マウンドに集まった。
エラーしてしまった身としては、非常にバツが悪い。
「ここまでが上出来過ぎたんだ。バックを信用して、打たせて取ろうぜ」
上杉捕手は五香投手に声をかけた。
「はい、皆さんよろしくお願いします」
「おう、まかせとけ」と道岡選手。
ファーストのダンカン選手とセカンドのロイトン選手は日本語はわからないが、雰囲気で意味を察して、大きく頷いた。
僕も頷いた。
次飛んできたら、絶対取ってやる。
静岡オーシャンズの5番は、ベテランの清水選手。
かって程ではないが、一発長打の危険を秘めている。
五香投手もそれが良く分かっており、初球はボール球、外角へのチェンジアップから入った。
もちろん清水選手は見送って、ボール。
そして2球目。
真ん中高めへのストレート。
一歩間違えれば、危険な球だ。
清水選手は強振してきた。
打球はレフトに飛んでいる。
飛距離は充分だ。
だが僅かに左側に切れ、ファール。
やや肝を冷やした。
これでワンボール、ワンストライク。
3球目。
今度は真ん中低めへのストレート。
これは良いところに決まった。
清水選手は見逃した。
恐らく球が手が出なかったのだろう。
これでワンボール、ツーストライク。
追い込んだ。
そして4球目。
外角へのストレート。
見逃してボール。
これでツーボール、ツーストライクの平衡カウント。
5球目。
真ん中低めへのストレート。
そう思ったが、ボールは鋭く落ちた。
滅多に投げないフォークだ。
清水選手はストレートと思ってバットを出してしまい、空振りの三振。
五香投手はピンチを切り抜けた。
僕はベンチに戻りながら、高校時代の地区予選で、初めて五香投手と対戦した時を思い出した。
あの時も決め球にフォークを使っていた。
僕らの群青大学附属高校は、五香投手がいた八橋高校に勝利したものの、かなり苦戦したのだ。
あれから8年の時を経て、僕と五香投手はプロの、しかも同じチームでプレーするとは、あの頃は想像もしていなかった。
さて僕のエラーから招いたピンチを乗り切ってもらったので、今度は僕が恩返しをしないと。
この回の先頭バッターは9番の野中選手。
マウンド上は引き続き、杉澤投手が上がっている。
恐らくこの回で降板だろう。
野中選手は初球をセンター前に打ち返した。
そしてノーアウト一塁で僕の打順が来た。
ベンチのサインを見ると、送りバント。
セーフティ気味にやれという指示だ。
ということは、最初はバッティングの構えをして、咄嗟にバントをしないといけない。
初球、良い球が来れば良いが…。
一塁ランナーの野中選手も足は速い。
フェアーゾーンにゴロを転がせば何とかなるでしょう。
そう考えると、少し気持ちは楽だ。
杉澤−原谷バッテリーは、初球を投げる前に牽制球を3球投げた。
盗塁をかなり警戒しているのだろう。
初球。
ストライクゾーンから内角に食い込んでくるスライダー。
僕はバントを仕掛けたが、すぐにバットを引いた。
判定はボール。
僕は再び、ベンチのサインを見た。
サインは変わらず送りバント。
やはりセーフティ気味にしろというご指示だ。
ホイホイ。
僕は軽く頷いた。
2球目。
杉澤投手は、投げる前にまたしても牽制球を3球投げた。
そして投じた球は、外角のボールゾーンからストライクゾーンに曲がってくるスライダー。
これはバントをしやすい。
僕はうまく一塁側に転がした。
ファーストの清水選手がボールを拾い、二塁をちらっと見たが、すぐに一塁に投げた。
ベースカバーに入った杉澤投手が捕球し、バッターランナーの僕はアウト。
なにわともあれ、送りバントは成功だ。
後は頼んだぞ、谷口。
僕は役割を果たせたことに安堵しながら、ベンチに帰った。
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