第318話 油断したわけではないが…
初球、内角に食い込んでくるスライダー。
うまく避けたが、危うくデッドボールになるところだった。
僕は軽く原谷捕手を睨んだが、素知らぬ顔をしている。
いいですよ、そっちがその気なら、僕にも考えがあります。
2球目。
ボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるスライダー。
低いと判断し、見送ってボール。
カウントはワンボール、ワンストライク。
3球目。
さすがに3球連続してスライダーは無いだろう。
僕はストレート、ツーシーム、カットボールに的を絞った。
だがまたしてもスライダー。
しかも真ん中から内角に食い込んでくる。
今度は避けたが間に合わず、肘に当たった。
肘当てに当たったが、衝撃を感じた。もちろんデッドボール。
杉澤投手は僕の方に帽子を取って、頭を下げた。
僕も軽く頭を下げた。
正直、僕としては大して痛くなかったが、この回の先頭バッター、しかも球回屈指の俊足のランナーを出した、杉澤投手の方がある意味痛いだろう。
これでノーアウト一塁。
バッターは谷口。
盗塁、ヒットエンドラン、送りバント。
この場面は色々な作戦が考えられる。
谷口は初めからバントの構えをしている。
初球を投げるまでの間に、牽制球が3球きた。
僕の足を警戒しているようだ。
初球。
僕はスタートを切った。
谷口はバットを引いた。
投球はボールのようだ。
原谷捕手からの送球が来た。
決して悪いスタートではなかったと思う。
だがそれ以上に原谷捕手からの送球が良かった。
僕は二塁ベースにスライディングしたが、余裕でアウト。
忘れていた。
原谷捕手はあんな顔をしているが、強肩だった。
僕はベンチに帰りながら、原谷捕手の方を見ると、目があった。
原谷捕手はニャっと笑った。
「どうだ、俺の肩は。
貴様を刺すくらい朝飯前よ」とでも言っているように見えた。
くそー、むかつく。
僕はトボトボとベンチに帰った。
これでワンアウトランナー無しとなったが、谷口は粘り、フルカウントからフォアボールを選んだ。
そして次のバッター、道岡選手の場面で初球、ヒットエンドランを仕掛けた。
当たりは良かったものの、打球はショートの新井選手の正面をつき、6-4-3のダブルプレー。
なかなか杉澤投手を崩せない。
3回裏も五香投手はわずか7球で三つのアウトを取った。
いずれも当たりは良かったが、微妙に芯を外しているようで、打球は野手の正面をついた。
なお、この回は僕のところには打球が飛んでこなかったので暇だった。
4回表。
札幌ホワイトベアーズは、4番のダンカン選手と5番の下山選手が連続ヒットを打ち、ノーアウト一、二塁のチャンスを作った。
そしてロイトン選手のファーストゴロでワンアウト二、三塁のチャンスとなった。
続く7番の西野選手は粘りに粘ったが、11球目の低めへのツーシームを見逃し、三振となった。
もっとも西野選手は一塁に歩きかけたので、ボールと思ったのだろう。
そして8番の上杉捕手はスリーボール、ワンストライクからの5球目を捉えたが、センターの小田島選手の好捕に阻まれて、この回も無得点に終わった。
杉澤投手の球は全盛期に比べて、球速が下がっており、変化球の精度も落ちているが、一球一球丁寧に投げているのを感じる。
ここまで杉澤−原谷バッテリーは、毎回ピンチを背負いながらも4回1失点と粘っている。
札幌ホワイトベアーズとして崩せそうで崩せない。
ファンの方もさぞかしフラストレーションを溜めているだろう。
4回裏、この回も五香投手はテンポよくストライクゾーンにボールを投げ込んだ。
バッターとしては、ストライクゾーンに来るし、球速もそれほど速くないので、打ち頃の球に見えるのだろう。
しかしながら捉えきれない。
この回も簡単に5球でツーアウトを取り、バッターボックスには3番の黒沢選手を迎えた。
五香投手はフルカウントまで粘られたものの、黒沢選手を平凡なショートゴロに打ち取った。
札幌ホワイトベアーズのショートは、慎重に打球を捕球しようとしたが、その瞬間、バウンドがやや変わった。
アッと思ったときには、打球を弾いていた。
懸命に拾い上げ、一塁に投げたが、黒沢選手は俊足。判定はセーフ。
記録はショートのエラー。
ショートの選手は手のひらを縦にして、すまんというようなジェスチャーを五香投手にした。
五香投手は軽く右手を上げて答えた。
さつきの回、打球が飛んでこなかったので暇と言ったが、それが悪かったのか…。
決して油断したつもりはないが…。
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